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The EFFECTOR BOOK Vol.72(SHINKO MUSIC MOOK)
――1930年代の電気ギターから、ジミ・ヘンドリックスの“音の革命”まで
現在、ギタリストが足元に並べるエフェクター。オーバードライブ、ディストーション、ファズ、ワウ、コーラス、ディレイ、リバーブ……。
しかし考えてみれば不思議なことです。ギターという楽器は、弦を振動させ、その音を鳴らすために作られた楽器です。ところがギタリストたちは、その音をわざわざ歪ませ、揺らし、反復させ、残響させ、時には原形が分からなくなるほど変形させてきました。
では、「音を変える」という発想は、いったいいつ生まれたのでしょうか。実はその歴史は、エフェクターという商品が誕生するよりはるか以前に始まっています。そしてその出発点にあったのは、「もっと大きな音を出したい」という、ごく単純な欲求でした。

■そもそも、なぜギターを電気化したのか――すべての始まりは「音量」だった
1930年代以前のギターは、大編成のバンドの中では音量的に不利な楽器でした。特にスウィング・ジャズのビッグバンド時代になると、ブラスセクションやドラムの音にギターの音が埋もれてしまいます。そこで登場したのが、ピックアップとアンプという発想です。
ここで重要なのは、電気ギターは最初から「変な音」を出すために生まれたわけではないという点です。最初の目的は、あくまで「普通のギターの音を、もっと大きくする」ことでした。ところが音が電気信号として扱えるようになると、状況は一変します。音は単なる空気の振動ではなく、「電気的に加工できる素材」になったのです。ここからエフェクトの歴史が始まります。
■1930年代――最初の「音を揺らす」発想
1930年代には、すでにギターの音程を機械的に揺らす試みが登場していました。Rickenbackerが手がけたVibrolaは、モーターを利用してブリッジを動かし、ビブラート効果を生み出す仕組みでした。
ここが非常に重要なポイントです。現代の感覚では「エフェクター=足元の箱」ですが、当時は違いました。楽器そのものを機械的に動かして音を変えていたのです。つまり最初期のエフェクト思想は、「ギターの構造そのものを変えてしまう」という発想だったといえます。

■1940年代――世界初のスタンドアロン・エフェクト
ここでエフェクター史上の重要な存在として登場するのがDeArmondです。1940年代、DeArmondは独立した外付け型のトレモロ・ユニットを製造しました。これは一般に、世界初期のスタンドアロン・ギターエフェクトのひとつとして位置づけられています。
つまり、「ギター→エフェクト装置→アンプ」という、現在のペダルボードにつながる基本構造が、すでにこの時代に生まれていたことになります。
■「音を変える」前に、人間は「空間」を変えていた
ここで少し話をギターだけに限定せず、視野を広げてみます。人間は昔から、教会、洞窟、大ホール、浴場、階段室などで生まれる残響に魅了されてきました。つまりエフェクトの原点は、電子機器ではなく「空間」だったという考え方もできます。
音楽家たちは、「この場所で鳴らすと音が美しく聞こえる」という経験を積み重ねてきました。そして録音技術が発達すると、「その空間の響きを人工的に作れないか」という発想へと進んでいきます。

■1950年代――「空間」を機械で作る
1950年代になると磁気テープ技術が発展します。ここで登場する重要人物がLes Paulです。Les Paulは多重録音、テープディレイ、フェージングなど、後のエフェクト文化につながる録音技術を積極的に開拓した人物として知られています。
さらに1953年頃には、Ray ButtsがEchoSonicアンプを製造します。アンプ内部にテープ式のエコーを組み込むという発想でした。Chet AtkinsやElvis Presleyの録音にもそのサウンドが使われたとされています。そして1950年代後半には、独立型のエコー装置が徐々に普及していきました。
ここで記事の考察を一段深くしてみます。初期のエフェクトには、「本物の音を補う」という役割がありました。しかし1950年代になると、「存在しない空間を作る」方向へと進んでいきます。つまりエフェクターとは、「音を変える機械」であると同時に、「存在しない音響空間を作る機械」でもあった、ということになります。

■1950年代――ギター自身が「音色を変える楽器」になる
1954年、Fender Stratocasterが登場します。3基のピックアップと、それらを組み合わせることで多彩な音色を作る設計が採用され、さらにシンクロナイズド式のビブラート機構も搭載されました。なお、Stratocasterに搭載されたこの機構は「トレモロ」と呼ばれることが多いものの、厳密には音程を揺らす「ビブラート」であり、Fender自身も現在の解説でこの区別を説明しています。
ここから見えてくるのは、「エフェクター以前から、ギタリストはすでに音色を選んでいた」という事実です。つまり音色を変えたいという欲求は、エフェクターから始まったのではなく、ギターの設計、ピックアップ、アンプ、そして外部エフェクトへと、連続して進化してきたものだったのです。
■そして「失敗した音」が革命を起こす――オーバードライブとディストーション
ここから記事の大きな転換点です。ギターの音を変える発想の中でも、特に革命的だったのが「歪み」でした。本来、アンプの音が限界を超えて歪むことは、必ずしも望ましい現象ではありません。しかしブルースやロックのギタリストたちは、その歪んだ音にこそ魅力を感じ始めます。
ここで、「壊れた音=悪い音」という価値観が静かに崩れていきます。そして、「壊れた音を、意図的に作ろう」という発想が生まれます。これこそ、エフェクター文化の本質的な転換点だといえるでしょう。

■1960年代――「失敗」が商品になる
1962年、Gibson傘下のMaestroからFZ-1 Fuzz-Toneが発売されます。ここで、「歪んだ音を偶然得る」段階から、「歪んだ音を機械として持ち運ぶ」段階へと変わります。
アンプを限界まで鳴らす→偶然の歪みが生まれる→その歪みを研究する→回路として再現する→ペダルという形にする。この一連の流れこそが、エフェクター文化の核心部分だといえます。
■なぜ「ファズ」は生まれたのか
ここでは単純な技術史だけでなく、「人間はなぜ、汚い音を美しいと思うようになったのか」という文化史にも踏み込んでみます。ブルースの世界では、声、ギター、悲鳴、嘆き、感情が密接につながっていました。そのためギタリストたちは、ギターの音をきれいに整えるのではなく、「声のように歪ませる」方向を選んでいきます。
そしてロックンロールの爆発とともに、歪みは単なる音響現象ではなく、若者文化そのものを象徴する音になっていきました。
■1960年代後半――ジミ・ヘンドリックスが「エフェクト」を表現に変えた
ここではJimi Hendrixを、単なる「ファズの有名ギタリスト」として紹介するだけでは物足りません。彼の革命は、エフェクターを「音色を補う装置」から「演奏そのものの一部」へと変えたことにあります。
ファズ、ワウ、ユニヴァイブ、フィードバック、ボリューム操作。これらを組み合わせることで、ギターそのものを「音を出す楽器」から「音響を操作する装置」へと変えていったのです。
■ワウ・ペダル――「足で音を喋らせる」
1960年代後半には、ワウ・ペダルが登場します。これは単なる音色変更にとどまりません。足で周波数特性を動かすことで、「ワウワウ」と人間の声のように聞こえる音を作り出す装置です。つまりギターは、ここで「歌う」方向へと進んだとも考えられます。
エフェクターとは、ギターを人間の声に近づけるための装置だったのではないか――そんな見方もできるかもしれません。
■1970年代――エフェクターが「足元の文化」になる
この時代には、Boss、MXR、Electro-Harmonix、Ibanezといったメーカーが次々と登場します。特に日本のメーカーが、世界のエフェクター文化に大きな影響を与えたことも見逃せません。Bossのコンパクトペダルによって、「誰でも同じようにエフェクトを持ち運べる」文化が成立していきます。
エフェクターは、この頃から「機械」から「楽器」へと、その位置づけを変えていきました。
■エフェクターは「楽器」なのか
ここで少し哲学的な問いを立ててみます。普通に考えれば、ギターは楽器で、エフェクターはその付属品にすぎません。しかし現代のギタリストにとって、ファズの踏み方、ディレイの設定、ワウの動かし方、リバーブの量、フィードバックの作り方――そのものが演奏技術そのものになっています。つまりエフェクターもまた、「演奏する楽器」になったと考えることができるのです。
■デジタル時代――「存在しない機械」が音を作る
1980年代以降は、デジタルディレイ、デジタルリバーブ、ラックエフェクト、マルチエフェクターへと進化していきます。さらに1990年代以降はDSP、ソフトウェア、プラグイン、アンプシミュレーターへ。そして現在では、実際には存在しないアンプやペダルの音まで、コンピューター上で再現できる時代になりました。
1930年代「機械でギターを揺らす」、1960年代「電気回路でギターを歪ませる」、1980年代「デジタルで音を加工する」、そして現代「存在しない機械の音まで作る」。この大きな流れを俯瞰すると、音を変えたいという欲求が、道具を変えながら一貫して受け継がれてきたことが見えてきます。
■なぜ人間は「音を変えたがる」のか
ここでいったん理由を整理してみます。
①音量の問題――最初は「もっと大きく」という単純な欲求でした。
②表現力の問題――「普通のギターでは表現できない音を出したい」という欲求です。
③空間の問題――「存在しない場所の響きを作りたい」という欲求です。
④感情の問題――「怒り、悲しみ、興奮を音にしたい」という欲求です。
⑤個性の問題――「他のギタリストと違う音を出したい」という欲求です。
⑥技術の問題――「できなかった音が、技術の進歩によってできるようになった」という側面です。
こうして並べてみると、エフェクターの歴史は、単なる技術史ではなく、人間の欲求そのものの歴史であることが見えてきます。
■「良い音」の歴史は、実は「悪い音」の歴史だった
初期の電気ギターにとって、ノイズ、ハウリング、歪みは明らかに「問題」でした。ところがロックの時代になると、それらは表現そのものへと変わっていきます。
音楽史には、「欠陥を消していく歴史」と、「欠陥を表現として利用する歴史」という、二つの流れが存在します。エフェクターの歴史は、まさに後者を代表する物語だといえるでしょう。
■エフェクターは「音を変える機械」ではなかった
ここでこの記事全体の見方を、一度ひっくり返してみます。エフェクターの歴史を辿ると、「もっと大きく」から「もっと響かせたい」へ、「もっと歪ませたい」から「もっと奇妙な音にしたい」へ、そして最後は「自分だけの音を作りたい」へと欲求が連続していったことが見えてきます。
つまりエフェクターの歴史とは、ギタリストたちが自分自身の個性を探し続けてきた歴史だったのではないでしょうか。
■終章 ギタリストは「ギターの音」を捨てたのではない
最後に、少し視点を引いて締めくくります。
1930年代、ギタリストは音量を求めました。1940年代、音を揺らしました。1950年代、空間を作りました。1960年代、音を歪ませました。1970年代、足元で音を操るようになりました。そして現在、コンピューターの中で音そのものを設計するようになっています。
しかしその根底にあるものは、実はずっと変わっていません。「自分の頭の中にある音を、どうすれば現実の音にできるのか」という欲求です。だからこそエフェクターは、単なる機械ではないのです。それは、ギタリストの「こういう音を出したい」という想像を、現実の音へと変換する装置だったのだと思います。
ギターの歴史とは、弦を鳴らす歴史ではありません。「まだ存在しない音」を、人間が追い続けてきた歴史なのかもしれません。
The end
最後までお付き合い下さり有難う御座います、この記事があなたの明日を少しだけ彩るスパイスとなれば嬉しいです。
Thank you for reading to the end. I hope this article adds a little spice to your day tomorrow.
年代史の早見表
1930年代 | 電気ギター・初期エフェクト | 音量と音程変化の始まり
1940年代 | DeArmond系トレモロ | 外付けエフェクトの誕生
1950年代 | テープ・エコー | 空間の人工化
1953年頃 | EchoSonic | エコーをアンプに内蔵
1954年 | Stratocaster | 音色・ビブラートの多様化
1960年代 | Fuzz Tone | 歪みの商品化
1960年代後半 | Wah | 音色をリアルタイムに操作
1970年代 | コンパクトペダル普及 | 足元のエフェクト文化
1980年代 | デジタル化 | 音響処理の高度化
1990年代以降 | DSP・ソフトウェア | 仮想エフェクトの時代
現代 | モデリング・AI等 | 「存在しない機材」の再現
なお、「世界初のエフェクター」を一つの製品に断定しすぎないよう注意が必要です。1930年代にはすでに楽器内蔵型の音響変化装置が存在し、1940年代にはDeArmondによる外付け型のトレモロ・ユニットが登場した、という整理がもっとも実情に近いといえます。
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