
メキシコを象徴する音楽といえば、真っ先に思い浮かぶのが「マリアッチ」だろう。
黒いチャロ衣装に大きなソンブレロ、そこにトランペットとバイオリンの華やかな旋律が重なる。街の広場でも、映画のワンシーンでも、あの姿を見た瞬間に誰もが「メキシコだ」と直感する。
しかし、その黒い衣装をじっと見つめたとき、こう思ったことはないだろうか。
「なぜマリアッチは、あの黒い衣装をまとっているのか」
なんとなく「伝統的なメキシコの民族衣装なのだろう」と流してしまいがちだが、実はこの黒い衣装は、最初からマリアッチのものではなかった。そこには農民文化、騎馬文化、革命、国家建設、そして映画産業という、メキシコ近代史そのものが幾重にも織り込まれている。
今回は、マリアッチが誕生してから国民音楽と呼ばれるまでの道のりを、史実にもとづいてたどってみたい。

■そもそもマリアッチとは何か
多くの人は「マリアッチ」を一つの音楽ジャンルだと思っているが、これは正確ではない。マリアッチとは本来、演奏する楽団そのものを指す言葉であり、同時に演奏様式を、さらには一つの文化そのものを意味する言葉でもある。
その発祥は、現在のメキシコ・ハリスコ州周辺とされている。18世紀から19世紀にかけて、地方の農民たちの祭りの中で演奏されていたのが始まりだ。当時の編成はギター系の弦楽器のみで、現在のマリアッチを象徴するトランペットは、まだこの世に存在すらしていなかった。つまり、私たちが今思い浮かべる「豪華で華やかな楽団」というイメージは、当時の姿とはまったく異なっていたのである。
興味深いのは、「マリアッチ」という言葉の由来について、いまだに研究者の間でも定説が一つに定まっていない点だ。フランス語の「結婚式(mariage)」に由来するという説が長く語られてきたが、近年の研究では、これはあとから作られた俗説にすぎず、実際にはハリスコ地方の先住民言語に由来する可能性が高いとされている。言葉の起源すら揺らいでいるという事実は、この音楽がいかに土着的で、記録に残されないまま口承で受け継がれてきたかを物語っている。
■農民たちの音楽としてのマリアッチ
18世紀から19世紀のメキシコは、スペインの植民地支配下にあった。社会の中心にあったのは、広大な農園「アシエンダ」と、そこで働く農民たち、そして地域ごとの共同体である。
結婚式、収穫祭、宗教行事、村の祭り──人々の暮らしの節目には、必ずと言っていいほど音楽があった。その場を彩ったのが、後にマリアッチと呼ばれることになる演奏団だったのだ。
用いられていた楽器は、ビウエラ、ギタロン、ギター、ハープといった弦楽器群。オーケストラのような大編成ではなく、あくまで「村人たちによる生演奏」という素朴なものだった。メキシコ西部という土地に根ざした、生活と結びついた音楽文化がそこにはあった。
演奏者たちの多くは、専業の音楽家ではなかった。昼間は畑を耕し、家畜の世話をし、農園の仕事に従事する、ごく普通の農民たちである。祭りの夜になると、彼らは楽器を手に取り、村の広場や教会の前に集まって演奏をした。楽譜が存在したわけではなく、旋律もリズムも、親から子へ、先輩から後輩へと耳で聞いて覚え、体で受け継いでいくものだった。だからこそ、地域ごとに微妙に異なる節回しや歌詞が生まれ、同じ「マリアッチ」という言葉でくくられながらも、村ごとに少しずつ違う音楽が育っていったのである。
■黒い衣装ではなかった、という事実
実は初期のマリアッチは、黒い衣装などまとっていなかった。当時演奏していた農民たちが身につけていたのは、白い木綿の服、あるいはごく普通の農民の作業着だったのである。
つまり、現在世界中で「メキシコらしさ」の象徴として知られる、あの黒く華やかな衣装とは、まったくの別物だったということだ。
では、なぜ素朴な農民の服装が、あの黒い衣装へと変わっていったのだろうか。その答えを解く鍵は、20世紀初頭のメキシコを揺るがした、ある大きな出来事の中にある。
■革命がマリアッチを変えた
1910年から1920年にかけて、メキシコは激動の時代を迎える。メキシコ革命である。
長く続いた独裁政権への不満、広がり続ける格差社会、そして各地で相次いだ農民たちの蜂起。これらが結びつき、国全体を巻き込む革命へと発展していった。
革命が終わり、新しい政府が国づくりを進めていく中で、大きな課題が浮かび上がる。それは「バラバラな地域社会を、一つの国民としてまとめ上げる文化」をどう作るか、という問題だった。
そこで新政府が目をつけたのが、各地方に根づいていた民衆の音楽だった。地方の素朴な文化を、国全体の象徴へと押し上げようとする動きが始まったのである。これが、マリアッチの歴史における最大の転換点となった。

■黒い衣装の正体は「チャロ文化」だった
ここで、記事冒頭の問いへの答えが明らかになる。
マリアッチの黒い衣装は、農民たちが着ていた服ではない。その正体は、「チャロ(Charro)」と呼ばれる、メキシコの騎馬文化における正装だったのである。
チャロとは、馬術に長けた乗り手たちを指す言葉で、大農園で働く騎手であり、後のカウボーイ文化の原型ともいわれる存在だ。いわば、メキシコにおける騎士階級のような立ち位置にあった人々である。
彼らが身につけていたのは、銀細工や刺繍が施された、格式高い黒の衣装だった。つまり、現在のマリアッチが着ている衣装は、農民音楽そのものの伝統ではなく、まったく別の文化圏である「チャロ文化」を借用したものだったのだ。

■なぜチャロ衣装が採用されたのか
革命後のメキシコ政府は、「メキシコらしさ」とは何かを、世界に向けて明確に示す必要に迫られていた。
そのとき象徴として選ばれたのが、チャロという存在だった。チャロが体現するのは、勇敢さ、誇り、伝統、そして騎士道的な精神である。素朴な農民の姿よりも、こうした凛とした騎馬文化のイメージのほうが、国家の顔としてふさわしいと判断されたのだろう。
こうして、農民たちの生活に根ざしていたマリアッチという音楽に、チャロという別の文化の衣装が重ね合わされることになった。地方の音楽を国家の象徴へと押し上げるための、いわば文化政策としての選択だったのである。
この時期、メキシコでは「メスティサヘ」と呼ばれる、先住民とスペイン系の融合を国家のアイデンティティとして掲げる思想が強まっていた。都市の知識人たちは、地方に埋もれていた民衆文化を掘り起こし、それに洗練された意匠を与えることで、「メキシコ人とは何か」という問いに答えようとした。マリアッチにチャロの衣装がまとわされたのも、この大きな文化的潮流の一部だったと考えられている。素朴な農民の音楽をそのまま国の顔にするのではなく、騎士道的で誇り高いイメージを重ねることで、対外的にも通用する「洗練された国民文化」として作り上げていったのだ。
■映画産業が世界にマリアッチを広めた
1930年代から1950年代にかけて、メキシコは映画産業の黄金期を迎える。そしてこの時代、マリアッチはスクリーンの中に繰り返し登場するようになる。
ホルヘ・ネグレテやペドロ・インファンテといった当時の大スターたちが、黒いチャロ衣装をまとい、朗々と歌い上げる姿が、数多くの映画作品を彩った。
こうした映画が国内外で大ヒットしたことで、「黒いチャロ衣装をまとって歌う楽団こそがメキシコだ」というイメージが、世界中の観客の記憶に刻み込まれていった。私たちが今日思い浮かべるマリアッチの姿は、まさにこの映画黄金期に完成されたものなのである。
■トランペットは後から加わった
現在のマリアッチを特徴づける楽器といえば、真っ先にトランペットが挙げられる。しかし、このトランペットが本格的に編成に加わったのは、実は1930年代以降のことだ。
それ以前のマリアッチは、あくまで弦楽器中心の編成だった。しかし映画館という大きなスクリーンと音響の中で、より派手に、より迫力あるサウンドを響かせる必要が生まれる。その要求に応える形で、金管楽器であるトランペットが取り入れられ、現在私たちが耳にする華やかな編成が完成していった。

■農民の音楽から国民音楽へ
こうして姿を変えながら、マリアッチはメキシコという国そのものと結びついていった。
現在では、独立記念日などの国家行事はもちろん、結婚式、葬儀、誕生日の祝い、恋人へのセレナーデまで、人生のあらゆる節目でマリアッチの演奏が欠かせない存在になっている。
さらに2011年には、ユネスコの無形文化遺産にも登録され、マリアッチはメキシコを代表する文化として、国際的にもその価値を認められている。かつて、地方の農民たちが奏でていた音楽が、一国を代表する文化にまで昇華したのである。
■黒い衣装は「メキシコ」という国家そのものだった
多くの人は、あの黒い衣装を「昔から伝わる伝統衣装」だと思い込んでいたかもしれない。
しかし史実をたどってみると、マリアッチはもともと農民たちの素朴な音楽であり、現在の黒いチャロ衣装は、革命後の国家建設と文化政策の中で象徴として選び取られ、さらに映画産業によって世界中へと広められた姿だったことがわかる。
つまり、あの黒い衣装とは、農民文化、騎馬文化、革命、国家建設、映画産業というメキシコ近代史が幾重にも織り重なって生まれた、「国家の象徴」そのものだったのだ。
だからこそ、私たちがマリアッチを目にするたびに感じるあの「メキシコらしさ」は、単なる民族衣装のイメージではなく、一つの国が自らのアイデンティティを形にしていった歴史そのものなのかもしれない。
The end
最後までお付き合い下さり有難う御座います、この記事があなたの明日を少しだけ彩るスパイスとなれば嬉しいです。
Thank you for reading to the end. I hope this article adds a little spice to your day tomorrow.