エレベーターの階数表示はなぜオレンジ色だったのか──昭和を照らした「あの光」が消えた理由

デパートのエレベーターに乗る。
静かに閉まる、重たい扉。
「チーン」という到着音とともに、数字がゆっくりと変わっていく。
「1」「2」「3」──。
そこに浮かんでいた数字は、決まってオレンジ色だった。
当時は誰も気に留めなかった。ただそこにある、当たり前の光だったから。
しかし今、新しいビルに足を運ぶと、白色や青色のLED、あるいは液晶画面ばかりが並んでいる。あの温かみのあるオレンジ色は、いつの間にか街から姿を消しつつある。
なぜ昔のエレベーターは、あれほどオレンジ色だったのだろう。
実はそこには、昭和という時代を象徴する電子技術の進化と、人間の視覚を考え抜いた技術者たちの知恵が隠されていた。
今回は、エレベーターの階数表示から見えてくる「昭和を照らした電子の色」の物語を紐解いていく。

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エレベーター おもちゃ ボタン 吸盤付き 1〜6階表示 光るボタン&サウンド 音量調整 数字認識 LEDデジタ

デパートのエレベーターに乗る。

静かに閉まる、重たい扉。

「チーン」という到着音とともに、数字がゆっくりと変わっていく。

「1」「2」「3」──。

そこに浮かんでいた数字は、決まってオレンジ色だった。

当時は誰も気に留めなかった。ただそこにある、当たり前の光だったから。

しかし今、新しいビルに足を運ぶと、白色や青色のLED、あるいは液晶画面ばかりが並んでいる。あの温かみのあるオレンジ色は、いつの間にか街から姿を消しつつある。

なぜ昔のエレベーターは、あれほどオレンジ色だったのだろう。

実はそこには、昭和という時代を象徴する電子技術の進化と、人間の視覚を考え抜いた技術者たちの知恵が隠されていた。

今回は、エレベーターの階数表示から見えてくる「昭和を照らした電子の色」の物語を紐解いていく。

あのオレンジ色は、本当に全国共通だったのか

まず押さえておきたいのは、「昔のエレベーター=全部オレンジ色」ではないということだ。

実際には、ネオンランプ、白熱電球、蛍光表示管(VFD)、初期のLED、7セグメント表示など、時代によって表示方式は異なっていた。

しかし1970年代から1990年代にかけて、多くの商業施設やホテル、駅ビルで、アンバー系、つまりオレンジ寄りの表示が非常に多く採用されたとされている。

だからこそ、昭和・平成初期を知る人々の記憶には、「昔のエレベーターはオレンジ色だった」という共通イメージが、今も強く残っているのだろう。

色を選んだのは、技術だった

ここで多くの人が驚く事実がある。

あのオレンジ色は、デザイナーが選んだ色ではなかった。

当時の電子部品では、最も安定して明るく表示できる色が、アンバーだったのである。

初期のLEDや表示素子は、現在のように自由な色を出せるものではなかった。技術的に実用性が高く、寿命が長く、コストも抑えられ、しかも明るい。その条件をすべて満たした結果として、街中がオレンジ色に染まっていったと考えられている。

つまり、昭和とは「技術が色を決める時代」だったのだ。

デザインの好みではなく、部品の限界が、街の風景を静かに決定していた。そう考えると、あの光の見え方が少し変わってくる。

人間の目が、オレンジ色を選んでいた

オレンジ色が選ばれた背景には、人間工学的な理由もあったといわれている。

遠くからでも識別しやすい。暗い場所でも認識しやすい。強すぎる刺激にならない。長時間見ても疲れにくい。

エレベーターは、乗客が一瞬で階数を認識できることが求められる。だからこそ視認性は何より重要だった。

技術者たちは「見やすさ」を優先した結果として、アンバー表示を数多く採用していったのだろう。数字を光らせるという、たった一つの機能のために、当時の技術の総力が注ぎ込まれていたのである。

街全体が、オレンジ色に光っていた

ここで少し視点を広げてみたい。

オレンジ色だったのは、エレベーターだけではなかった。

デジタル時計、電卓、ワープロ、オーディオコンポ、電子レンジ、家庭用の計測機器、工場の制御盤。

昭和から平成初期にかけて、数多くの電子機器が、同じようなアンバー表示を採用していたのである。

つまり私たちは、気づかないうちに「オレンジ色の電子文化」の中で暮らしていた。

あの時代、日本の暮らしはオレンジ色の光に静かに照らされていた。

これは、当時を知る人にとっては何気ない光景だったかもしれない。だが振り返ってみると、それは一つの時代がまとっていた、はっきりとした色だったといえる。

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白い光が、時代を変えた

1990年代後半以降、青色LEDの実用化と、それに続く白色LEDの普及によって、状況は一変する。

表示色は自由になり、液晶ディスプレイも急速に普及していった。

エレベーターも、白色LED、青色LED、カラー液晶へと、次々に姿を変えていく。

技術の制約が消えたことで、今度は建築デザインやブランドイメージが色を決める時代になったのである。

オレンジ色は、選ばれなくなったわけではない。単に、選ぶ理由がなくなったのだ。

消えた色が、教えてくれること

性能は確実に進歩した。

しかし、オレンジ色には、数字を表示するという機能以上の役割があったように思える。

あの柔らかな光には、どこか安心感があった。未来への期待を感じさせるものがあった。昭和という時代の空気そのものを、静かに映していた。

だから、古いホテルや百貨店で、今もアンバー表示のエレベーターに乗り合わせると、懐かしさを覚える人が少なくない。

それは単なる色ではない。記憶そのものなのだ。

オレンジ色は、昭和が未来を信じていた時代の色だった

私たちは、「あの色」そのものを懐かしんでいるわけではないのかもしれない。

懐かしんでいるのは、あの時代の、技術への憧れだ。電子機器が暮らしを豊かにしてくれるという、素朴な期待だ。

静かに点灯するオレンジ色には、そんな昭和の、未来への夢が込められていたように思う。

だからこそ、最新の液晶表示が当たり前になった今でも、古いエレベーターのオレンジ色を見ると、心のどこかが少しだけ温かくなる。

あれは、単なる階数表示ではない。

昭和という時代が灯した、小さな未来の光だったのである。

The end

最後までお付き合い下さり有難う御座います、この記事があなたの明日を少しだけ彩るスパイスとなれば嬉しいです。​​​​​​​​​​​​​​​​

Thank you for reading to the end. I hope this article adds a little spice to your day tomorrow.

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