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小さい叔父さんって…ミステリー

小さい叔父さんとは一体何者なのか?

都市伝説界隈で、著名人やら何やらが口を揃えて「見たことがある」と言い出しているこの「小さい叔父さん」、果たして一体どういう了見なのだろうか?もちろん、私は見たことがない。聞くところによると、どうやらそのサイズは20cmほどらしい。部屋の隅に立っていたとか、お風呂にいたとか、あっという間に走り去ったとか、目撃情報のバリエーションは豊富だ。衣装に関してはジャージ等、あまり詳細には触れられていないが、侍、宇宙人的な奴等と設定は多岐にわたるようだ。うーん、でも、もしも私の目の前に現れたなら、飛びついて捕まえてやりたいものだ。然し、その様なのんきな考えは、遭遇した事がない奴の戯言に過ぎないのかもしれない。本当に自分の理解を超えるような存在に出会ったとき、人は固まってしまうものなのだろう。「ああ!」でも、なぜ「おじさん」なんだろう? 残念だ…「白雪姫」のような可愛らしい女性でもいいんじゃないか?妖精でも天使でも。でも、そうなると話が完全に別物になってしまうな。やっぱり、こちらの都合のいいようにはいかないものだ。

それにしても、なぜこれほど多くの人々が「小さい叔父さん」を目撃しているのだろう?本当にそんなことがあるのだろうか?調査をしてみると、どうやら芸能人の目撃者が多いようだ。そうなると一般人にも多くいるに違いない。都市伝説では、東京都杉並区にある大宮八幡宮が小さい叔父さんと出会えるスポットらしく、幸せを呼ぶ小さい叔父さんのストラップ等が売られているとのことだ。神の遣い?、妖精なのだろうか…多くの参拝者が小さい叔父さんと会えるように訪れるとの事だ。

近年、世界はカオスの様相を呈している。人々が狂い始めているとしか思えない。日本の政治にしても正気の沙汰とは思えない事が実際に行われ、恐ろしい老害がのさばり民を苦しめる。世界情勢も然り、同時に地球環境も危機を迎えている。人々の思考は限界を迎えているとしか思えないのだ。地球はアセンションに突入したのだろう。それと同じく人類学も変化を迎えているのだ。

まさに世界は変わり目を迎えている。文明世界の崩壊へ向かっているのかもしれない。人類学の変化では、異次元にチャネリングしアクセスできる人々が増えているとしたらどうだろうか?

日本の古史古伝「ホツマツタヱ」等にはかつて人々はテレパシーを使って交流していた様な事が伝えられている。そのような事はレムリア等、世界中の古代の伝説に多く伝えられている。

かつて人類が持ち合わせていた「第三の目」を開花させる時が来たとしたら?自分の「第三の目」も早く開いてほしいと切に願っている次第だが。もしそうした能力を開花させた人たちが「小さい叔父さん」を目撃していると考えるなら合点がいく。それは次元の違うパラレルワールドから、時間の歪みで一瞬、存在が見えてしまうのかもしれない。異次元の周波数をチャネリングできなければ、彼らの姿を見ることはないのだと説明がつく。都市伝説界隈では、古代の巨人伝説が多く取り沙汰されている。本当に存在していたのではないかとする説だ。それを仄めかすように古代文明の巨石遺跡が世界各地に存在している。ピラミッドを始め世界中に多くある。この説等は誰しも少なからず思っているのではないだろうか?この様な説明がつかない事を受け入れられないのは、私達が長い人類の歴史で洗脳されて来たからかもしれない。歴史は時の権力者の視点で作られたものと考えられる。それを示唆する様な事に近年になって歴史の教科書にて聖徳太子の名前が変わったりと、今更ながらの訂正が行われる不可解さがある。特にメディアの構築には大衆を洗脳し、操作する為の重要なツールとする役割がある。その真実が近年要約大衆に露呈し、多くの人々が気づき始めているのだ。

「いかん…」話が脱線してしまったので、もとに戻そう。

コロポックル伝説等と「小人伝説」も、世界各地で語られている。もしこれが、ただの擬似的な話ではなく、実際に存在していた事を語り継いできたものだとしたら…そう解釈したほうが分かりやすいのだ。そうすれば現代にも小人族が存在する可能性を受け入れやすい。

古代の人々は、テレパシーでコミュニケーションを取っていた。それは地球以外の星の者ともつながっていたかもしれない。現代の私たちは文明と進化の過程でその能力を失ってしまったのだ。異世界、パラレルワールドが実際に存在していても、そこにアクセスするための能力を持っていないだけかもしれない。私たちはその存在をファンタジーとしか捉えていないのだ。今私達は荒唐無稽に思えることが現実となる時代を迎えたのだ。2045年にはシンギュラリティが到来すると言われているけれど、それがムーアの法則により、思いの外早く訪れるかもしれない。

Web3.0の世界は革命的な扉を開くとされ、その先にはさまざまなパラレルワールドが存在している。メタバースによってそれが可能となるのだ。そこには、もしかしたら「小さい叔父さん」が住んでいる世界が広がっているのかもしれない。あるいは、巨人が住んでいる世界もあるかも。その時にできる事ならば、私は、白雪姫のような美人が存在する世界に落ち着くことにしたい。どちらにしても、私が言いたいのは、「小さい叔父さんって、いったい何なのだろう?」

私はUFOも見たことがない。もしUFOを見かけたら、是非ともアブダクションしてもらい、ピラミッドや人類の歴史についての真実を教えてもらいたいと思っている。そのついでに、シャーマン的な能力も授けていただけたら、嬉しい限りだ。しかし、そんな下心だらけの人間に宇宙人が接触したいと思うだろうか?もしそんな事が実際に起きたとしたら、きっと「努力しろ!」と宇宙人から散々説教されて、地上に戻されるのが関の山かもしれない。

「ん?なんか視線を感じる…

な〜んだ、気のせいか…」

「う〜ん、小さい叔父さんか…果たして如何なる者なのだろうか?」  …

「本当に見ました?… それ。」

最後まで読んで頂きましてありがとうございます❣

「永文さとい」のホッとひと息☕読み切り短編エッセイ…

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日常に癒やしを‼️ 又お会いしましょう。

ロズウェルのレジェンド(Roswell legend)

 

現代に至っても尚、様々な憶測の渦中にある伝説がある…

77年も前のその出来事は、レトロな風景のまま釈然としないジレンマを今にまで引きずるレジェンドとなった。

事の発端は

1947年7月

アメリカ合衆国ニューメキシコ州ロズウェル付近で

墜落したUFOが米軍によって回収された。

疑惑を呼ぶこの事件はその後、詳細な情報が二転三転し

結局は観測用の気球の墜落として内容を変更して強引に収束へ引いていった。

有名なこの事件はのちに様々な憶測を呼び

今もって取り沙汰される不思議な事件となって語られている。

この事件の発端は1947年7月8日、

ロズウェル陸軍飛行場が発表した、プレスリリースでプロローグとなりました。

このプレスリリースの内容には、軍が「第509爆撃航空群の職員がロズウェル付近

の牧場から潰れた「空飛ぶ円盤」を回収した」という発表でした。

しかし、その後、この発表は訂正されます。

数時間経って第8航空軍司令官はこのプレスリリースを

「ロズウェル陸軍飛行場職員が回収したのは空飛ぶ円盤ではなく、

気象観測用気球であった」と述べたのです。

当時の墜落現場は1ヶ所または2ヶ所とする説が交錯して語られていました。

不自然な訂正による情報はなぜ始めに空飛ぶ円盤などと、

にわかに信じがたい情報が飛び出したのか。

真実であるとするならば、軍にしては安易な公表だと考えられますが、

それほどまでに、狼狽える事件だったとも考察できます。

ありのままを公表するには、当時ではあまりにも現実を逸していた事と

人類の歴史にて多くの人々が受け入れられる事ができない時代であったと思われる所も一つあるでしょう。

その後アメリカ当局の隠蔽工作により、30年以上経過した後に伝説の疑惑は再び注目を浴びる事となります。

1978年、UFO研究家のスタントン・T・フリードマン氏が、1957年の事件発生当時、問題の残骸の回収に関わったジェシー・マーセル少佐にインタビューを行い。

そこで語られた内容に驚愕する事となりました。

暴露となった内容は「軍は異星人の乗り物を極秘裏に回収した」というものだったのです。

フリードマンのディスクロージャーはテレビのドキュメンタリー番組で人々の注目を集めました。

フリードマンは、ロズウェル事件の調査に関与した最も著名な人物の一人である事から、彼の証言と調査結果は、揺るぎない事実として、事件をUFO研究の中心的なテーマに押し上げました。

以下では、フリードマンがどのようにロズウェル事件に関与し、その証言がどのような意味を持つのかを詳細にまとめます。

スタン・フリードマンの背景とUFO研究への関与

スタン・フリードマンは、アメリカの核物理学者であり、UFO研究者として広く知られています。彼は1960年代からUFOの存在を真剣に研究し始め、特にロズウェル事件に強い関心を持っていました。フリードマンは、核技術の専門知識を活かし、科学的なアプローチでUFO問題に取り組みました。そのため、彼はしばしば「科学的UFO研究の先駆者」として言及されます。

フリードマンは、数十年にわたりUFOの目撃証言や政府の隠蔽に関する資料を集め、UFOが地球外の知的生命体によるものである可能性が高いと考えていました。彼は、ロズウェル事件がその証拠の一つであると確信していました。

フリードマンが事件に関与するようになったのは、1978年に行われたインタビューをきっかけでした。彼は、ロズウェル事件の重要性に気づき、事件に関連する証言を集めるために調査を開始しました。

その調査の中で、フリードマンは多くの証言者と接触しましたが、特に注目したのは、事件当時ロズウェル軍事基地で勤務していた兵士や関係者の証言でした。

フリードマンの調査で最も注目された証言者は、ロズウェル事件当時、現場で直接関与していた人物でした。その中でも特に有名なのは、マック・ブラジア(Mac Brazel)というロズウェル近郊の牧場主と、事件の詳細を語った兵士たちです。

1947年7月、ブラジアは自分の牧場に墜落した不明な物体を発見しました。ブラジアは、当初気象観測用の気球の残骸だと考えていましたが、その後軍により現場は封鎖され、物体の回収が行われたことから、何か異常な事態が進行していることを察したといいます。

“兵士たちの証言”

事件当時、基地に勤務していた兵士たちの証言がフリードマンにとって重要でした。彼らは、軍が現場に急行し、物体を回収した後に、「気象気球」という説明が与えられたことに疑念を抱いていました。特に、物体の回収に関与した兵士たちは、事故現場で見つかったものが非常に特殊で、地球上の技術ではないと感じていたと証言しています。

フリードマンは、自らの調査を通じてロズウェル事件の真実を明らかにしようとしました。彼は、以下の点で重要な証拠を提出しました。

“現場の物体の性質”

フリードマンの調査によれば、墜落した物体は通常の気象観測気球や軍事用の気球では説明できない構造を持っていたとされています。特に、目撃証言によると、物体は金属製であり、非常に軽くて丈夫な素材で作られていたと語っていました。

フリードマンは、軍による証拠隠蔽の証拠を集めました。特に、事件発生から数日後に発表された「気象気球説」は、後に「軍のカバーストーリーであった」とする証言が増えていきました。フリードマンは、これが事実隠蔽の一環であると考えました。

フリードマンは、事件の証拠を元に、ロズウェル事件がUFOの墜落であったという説を強く支持しました。彼は、当時の目撃証言や回収された物体の詳細に基づき、地球外生命体が関与している可能性が高いと言う結論に至ったのです。

フリードマンの証言と調査結果は、ロズウェル事件を再び広く注目させるきっかけとなり、UFO研究の一大潮流を生み出しました。彼の研究によって、事件は単なる都市伝説や陰謀論としてではなく、科学的な調査の対象として真剣に取り組まれるようになりました。

また、フリードマンの影響で、ロズウェル事件を再評価する多くの科学者やUFO研究者が登場し、その後のUFO研究に大きな影響を与えました。

特に、彼の著書『TOP SECRET/MAJIC』や多くの講演を通じて、ロズウェル事件は世界的に有名となり、UFO現象の理解に向けた議論の一環として位置付けられるようになったのです。

スタン・フリードマンのロズウェル事件に対する証言と調査は、この事件が単なる都市伝説や陰謀論ではなく、実際に起こった重要な出来事であるという認識を広めました。彼の科学的なアプローチと証拠の収集は、UFO研究における重要な礎を築き、ロズウェル事件をUFO研究の中心的なテーマとして確立させました。

フリードマンの証言は、今後もロズウェル事件を解明するための鍵となる資料として、多くの研究者に影響を与え続けるでしょう。

 ロズウェル事件以降から、宇宙時代を迎えた現代、年月の経過のビハインドには、地球外の技術開発の歴史があったのではないでしょうか…

そしてそれは、真実として近い将来…

想像を絶する形にて、アメリカ当局から明かされるのでしょう。

そうです、それは避けられない真実なのです。

 

アメリカとエジプト

無料航空券が2枚当選したとしたら、どこに行きますか ?

アメリカかエジプトに生きている内に一度は行ってみたい。

アメリカはモニュメントバレー、ナバホの聖地でネイティブアメリカンの方の美しい民族衣装を纏ったダンスを見たい。

アメリカはもう一カ所ワイオミング州のデビルズタワーに行って未知との遭遇を体験して見たい。

壮大な地球のあらましを目の当たりにしたいのだ。

エジプトは言うまでもなく、ピラミッドとスフィンクス見学だ、そしてルクソールとアブシンベルの神殿だ。

どんなときに不安になりますか ?

常に不安です…

そして憂鬱…

その様な時間中の刹那に、気づき、癒やし、諦め、希望、等と様々な意図もしれない雑念を覚えて生きています。

年齢を重ねても魂たる心の内はさほど変わらないのだと思ったりする愚かさの中にても、些細な喜びがあったりします。

chakiと言うアーチトップギター

chaki(茶木)

日本の京都にて元々コントラバスなどのアカデミックな弦楽器を制作していた工房にて、辻井士郎氏が制作を始めたアーチトップギターがその個体の美しいシルエットに魅了されている。

私がこのギターを知るきっかけになったのは、若い時分に大阪のバンド「優香団」 のコンサートに行ったのがきっかけだった、ガッツリブルースにどっぷり浸かったバンドのキャラクターは当時もだが、現在ではとても貴重な存在だったと言えるだろう。

アコースティックの楽器を抱えた4人編成のバンドは皆椅子に座って演奏する…

ライブ中は演者もアルコールを飲んでいたように記憶しているが、演奏を見る観客も勿論酒を抱えての視聴だった、自分は当時職場の先輩と2人で訪れたライブだったが、並べられたホールの折り畳み椅子に座り、スーパードライの大瓶を持ってそのまま飲みながら曲に換気した…

瓶から飲むビールがあれほど不味い物だと思ったのを強烈に思い出に残しているが

それすら彼らの演奏するブルースの病的で暗く喜びの混じったエネルギーは生きている事なる悲しさや寂しさまた明暗である人の根源のような空間へ誘う材料となった。

ブルースとはそう言う物であるのだ…

若い頃にはただ酒を煽って鑑賞するだけの単なる非日常の一幕として出かけた一時だったが、

その経験は長い時間忘れながら、何故だろう、年を重ねて「ふっと」

思い出される…

古臭い個の人生においてセピアともなった記憶の中に微かから、

強烈に思い出される憧れがある。

それは「優香団」のギタリスト「内田勘太郎」がつまびいていたどデカいギターだ!!

当時の記憶では若い自分はプロが使うギターなのだから、高価な物なのだろうと

決めてかかっていたが、

数十年経って興味を寄せる事で分かった事は当時では決して高価な物ではなかったという事実だった。

しかしながら、時代の背景もある、現在では非常に高価な個体となったそのギターは、

唯一無二の存在となっている。

完成されたフォルムは「日本人の心を燃え上がらせる…」

これは自分の主観だけれど、

長い年月を共に完成される傷や経年変化は、まさにジャズであり、ブルースなのだだ…

年齢を重ねて知る事もあるけれど、体の老いとは裏腹に精神年齢はいかがな物なのか。

恥ずかしながら、高校生の頃ギターに憧れてアルバイトして買った安いギター。

その頃から憧れる夢は現在も変わらずに自分の中に潜在している。

時の流れの中で、紆余曲折しながらもたどり着いた、夢の面持ちは今後も

変化するのだろうか…

半世紀以上を人生に費やした今、同年代のヒーロー達には全うして星になる人も日に日に目にする様になった。

どれだけの時間が自分に残されているのか、知る由もないけれど、

まだ残る欲望のまま、このギターを迎え入れる事を決めた。

一度は手にして手放した経験もありながら、再び求める自分の愚かな過ちの心は

きっと次なる高みへ行くことが出来るのだと信じてやまないのである。

それが生きる術なのだから。

「chaki」よ…

喜びは一緒にある。

 

 

 

自信?何の?…

自信はどの程度ありますか ?

若い頃は根拠のない自信があったが…

年齢を重ねるのと引き換えにその能力は衰退して行ったのだった…

今では、石橋を叩いて見るだけだ…

いったい誰が人生100年時代と言われ、喜ぶというのだろうか?

自分にはその心境が皆目わからないのだった。

そして今生きている事に没頭している。

没頭する活動

どのような活動に没頭しますか ?

日々没頭している物…

頭を巡る理想との格闘だ。

興味を持つ物は行動に移し自分を試して見ようと考えながら…

イザと言うときに躊躇してしまう自分があらわれ…

又どうするか思案する。

弱い自分との格闘が多くある中でも、

進行するに至っている物に関しては大いに喜ばしい事であるけれど。

成果を求める気持ちが、思考の浪費にひと役買い…

疲れを伴う。

しかし日々において、そのプロセスの繰り返しに取り憑かれた様に自分は没頭している。

飽きない映画

5回以上観た映画やテレビの連続番組は何ですか ?

自分が癒やされる映画は

「男はつらいよ」寅さん映画です。

自分の幼少の頃からの原風景が見られ、

ノスタルジーが感じられる所に魅了されています。

寅さんの心意気と、わがままのギャップがコミカルで楽しく、

毎回登場するマドンナの美しさ、

そして何より妹さくらの兄さん思いの表情は

美しく。

自分がはさくらファンでもあります。

迷信を信じるか…

迷信を信じていますか ?

迷信を信じるかは、その時と場合に左右されると思っている。

信憑性のあるものからバカげたものまで多分にある中で…

どう判断するかはTPOに流される…

そうすれば、そんなに重要な物でもなさそうで…

そしてそう多く出くわす様な状況も無い、

願かけもやルーティーンもある意味似たような部類だと思う、

オカルトじみた話は、

結果論で話せば、侮るなかれとなる。

自分がまだ18位の頃近所の商店にお菓子の類をよく買いに言っていた、

顔見知りの店主のおばさんが、

支払いの時に自分の手の爪が伸びているのを見て、

「爪が伸びているとカッコ悪いよ、今晩でも良いから切りなさい…

夜爪を切ると親の死に目に会えないからやめとけって言う話があるけれど、

私は夜切っていたけど、ちゃんと親の死に目に会えたから、大丈夫よ!」

そう自分に話してくれた。

何故かこの他愛のない話を、

今50を過ぎた今でも覚えている。

何故か…

例えるならば羊…

ご自身と例える動物とその理由を教えてください。

自分は未年生まれで、

牡羊座。

そしてマトンやラム肉が苦手で食べれない…

これはもう…

自分を動物に例えるとするならば、

他を考えるに及ばない。

性格的な事を突き詰めるならば、

違う観点があるかもしれないが、

もう羊で良い…

そう思う今日のプロンプト回答でした。