【決定版】昭和の三種の神器「テレビ受像機」誕生と進化の真実|高柳健次郎から東京五輪まで完全解説

現代では当たり前のように家庭にあるテレビ。しかし、その始まりは決して平坦な道ではありませんでした。昭和の高度経済成長期に「三種の神器」の一つと呼ばれ、日本人の生活を劇的に変えたテレビ受像機。その誕生と普及の歴史を、史実に基づいてわかりやすく整理します。

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現代では当たり前のように家庭にあるテレビ。しかし、その始まりは決して平坦な道ではありませんでした。昭和の高度経済成長期に「三種の神器」の一つと呼ばれ、日本人の生活を劇的に変えたテレビ受像機。その誕生と普及の歴史を、史実に基づいてわかりやすく整理します。


日本テレビ開発の原点高柳健次郎の偉業(1926年)

日本におけるテレビ技術の原点は、1926年(昭和元年)1225日。
工学者・高柳健次郎が、浜松高等工業学校(現・静岡大学工学部)において、ブラウン管を用いた電子式テレビ受像実験に成功しました。

彼は「イ」の字の映像をブラウン管に映し出すことに成功。これは世界初の全電子式テレビ受像実験の一つとして国際的にも高く評価されています。

当時のテレビは、映像信号を受信し映像と音声を表示する「テレビ受像機」と呼ばれていました。しかしその後、日中戦争(1937年~)および太平洋戦争の影響により研究は中断を余儀なくされます。

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戦後復興とテレビ放送の開始(1953年)

終戦後の1946年、テレビ研究は再開。
そして1953年(昭和28年)21日、NHKが日本初の本放送を開始しました。同年、日本テレビも民放第1号として開局します。

テレビ受像機の市販もこの年から本格化します。
シャープは1953年に国産テレビを発売14インチ白黒テレビの価格は約175千円。当時の大卒初任給が約8千円前後であったことを考えると、非常に高価な製品でした。購入できるのは一部の富裕層に限られていたのです。

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1959 皇太子ご成婚が普及の転機に

テレビ普及の大きな転機となったのが、1959年(昭和34年)の皇太子明仁親王(現・上皇陛下)のご成婚パレードでした。

この歴史的中継を見ようと、多くの家庭がテレビを購入。
この頃、白黒テレビは「電気洗濯機」「電気冷蔵庫」と並び、昭和の三種の神器と呼ばれるようになります。

家事の負担を減らす家電と、娯楽と情報をもたらすテレビ。これらは戦後日本の生活水準向上の象徴でした。


カラーテレビの登場と東京オリンピック(1960年〜)

1960年(昭和35年)、東芝などから国産カラーテレビが発売されました。
17インチで価格は約42万円。当時の物価水準では依然として高額であり、普及には時間を要しました。

しかし1964年(昭和39年)の東京オリンピックが状況を一変させます。
カラーテレビで世界的スポーツイベントを観たいという需要が高まり、1960年代後半には急速に普及。

この頃には「クーラー」「自動車」「カラーテレビ」が新三種の神器と呼ばれるようになります。

そして1973年(昭和48年)、ついにカラーテレビの普及率が白黒テレビを上回りました。


ブラウン管時代からデジタルへ

約半世紀にわたり主流だったブラウン管テレビ。
丸みを帯びた画面、木製の家具調キャビネット、電源を入れた瞬間の「ブン」という通電音。

それは単なる家電ではなく、家族団らんの中心にある象徴でした。

21世紀に入り、液晶・プラズマ、そして現在の有機ELへと進化。
薄型・大画面・高精細へと技術は飛躍しましたが、昭和のテレビが持っていた温もりは、今も多くの人の記憶に残っています。


まとめ

テレビ受像機は、日本の復興と高度経済成長を象徴する存在でした。

  • 1926 高柳健次郎の電子式受像成功

  • 1953 本放送開始と国産白黒テレビ発売

  • 1959 皇太子ご成婚で爆発的普及

  • 1964 東京五輪でカラー化加速

  • 1973 カラーテレビが主流へ

テレビは単なる映像装置ではなく、時代そのものを映し出す鏡だったのです。

昭和という時代を照らし続けた神器「テレビ受像機」。
その光は、今も日本の技術史の中で静かに輝き続けています。

Ꭲhe end

最後までお付き合い下さり有難う御座います、この記事があなたの明日のスパイスとなれば嬉しいです。

昭和のテレビで見ていたヒーロー記事はこちらです‼️

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ご回答をありがとうございました。 ✨

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投稿者: toshi196747

1967年生 文化遺産 など先人の轍を感じる物事が好きです、又 fenderギター を愛するguitar弾きです。 愛犬cookieに癒されながら、好きな読者と記事更新に勤しんでいます。 人が宿すノスタルジーという心情には夢を含みます、そこには明日の創造へ繋がるインスピレーションを得る『温故知新』が有るのです。 どうぞ過去考察ブログ『time slip cafe retro-flamingo』よろしくお願い致します。