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中村琢巳 生きつづける民家 -保存と再生の建築史- 歴史文化ライブラリー
近年、リノベーションや古民家カフェといった言葉を耳にする機会が増えました。
新築住宅が次々と建てられる一方で、空き家の増加が深刻な社会問題となる現代において、古い建築を活かすという選択は、単なる懐古趣味ではなく「未来への実用的な解答」とも言えるでしょう。
建築物には時代ごとの価値観と、そこに暮らした人々の生活哲学が色濃く反映されています。
今回は、そんな日本の住まいの原点とも言える空間―「土間」に焦点を当て、私自身の記憶と、歴史的に裏付けられた建築様式の視点から、その本質的な魅力を掘り下げてみたいと思います。
1970年代の記憶に残る「土間」という舞台
1970年代。
私の家には、居間と炊事場の間に、子供心に「ずいぶん広い」と感じる土間がありました。
夕方、母が晩ご飯の支度をする横で、私は三輪車に乗って土間を行き来していた―そんな光景を、今でも鮮明に思い出します。
その土間は家の中央を貫き、正面へと続いていました。
当時、父が営んでいた自転車店の店先へとそのままつながる構造で、生活と仕事、家族と地域が一体となる空間だったのです。
今振り返ると、家の中にありながら外ともつながるその空間は、子供にとって驚くほど自由で、発想の幅を自然と広げてくれる場所でした。
土間とは何か ―― 日本家屋における機能的必然
土間とは、日本の伝統的な民家や農家、町家に見られる、床を張らず地面とほぼ同じ高さで仕上げられた室内空間を指します。
一方で、畳や板敷きの部分は「床(ゆか)」と呼ばれ、土間と床が明確に区分されることが、日本家屋の大きな特徴でした。
この構造は決して偶然ではありません。
土間は本来、生業(なりわい)の場として重要な役割を果たしていました。
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農作業の準備や収穫物の処理
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商いの店先
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道具の修理や制作
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竃(かまど)を用いた炊事
こうした火・水・土を扱う作業には、可燃物が少なく、掃除がしやすい土間が最適だったのです。
実際、竃は大量の火力を必要とするため、防火の観点からも土間に設けられるのが一般的でした。
現代住宅から消えた理由と、その裏側
時代が進むにつれ、土間は徐々に姿を消していきます。
高度経済成長期以降、仕事場は家の外へ分離され、生活空間は「清潔で管理しやすい」ことが重視されるようになりました。
また、
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ガス・IHコンロの普及
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上下水道の整備
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断熱・気密性能を優先する住宅設計
といった要因も、土間を不要なものとしていった背景にあります。
さらに現代社会では、仕事と私生活を明確に切り分ける「オン・オフ」の思想が重視され、土間が持っていた曖昧で融通の利く空間性は、効率の名のもとに削ぎ落とされていきました。
土間が育んだ、人と人との距離感
それでも、土間の記憶が温かく胸に残るのはなぜでしょうか。
隣人や知り合いがふらりと訪れ、土間から床に腰を下ろして話をする。
お茶を飲み、世間話をし、特別な用事がなくても時間を共有する。
雨の日には、子供たちが土間で遊び、靴を脱ぐか脱がないかも曖昧なまま、内と外が自然につながっていた―。
そこには、現代のインターホン越しのやり取りでは得られない、人と人との間にあった緩やかな安心感が確かに存在していました。

現代に再評価される「土間のある暮らし」
興味深いことに、土間は近年、再び注目を集めています。
古民家再生や高級住宅において、
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趣味の作業場
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ギャラリー
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カフェスペース
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自転車やアウトドア用品の置き場
として、あえて土間を設ける設計が増えています。
それは、土間が持つ
「自然との一体感」「活動の自由度」「空間の余白」が、ストレス社会を生きる現代人にとって、むしろ贅沢な価値となったからでしょう。
昔の知恵は、決して古びない
残念ながら、私は今「土間のある家」に住んではいません。
それでも、あの空間がもたらしてくれた感覚―自由さ、開放感、人の気配―は、今も心の奥に残っています。
昔良かったものは、ただ懐かしいだけではありません。
時代を越えてなお、現代の暮らしにも通用する本質的な優れた要素を内包しているのです。
土間のある家、いかがでしたでしょうか。
記憶と歴史を重ね合わせることで、見えてくる日本の住まいの奥深さ。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
この記事があなたの明日のスパイスとなれば嬉しいです。
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