
足元に眠る「銀河」の謎
1960年代初頭、スコットランド西部ウェスト・ダンバートンシャーの穏やかな農地で、一人の農夫が奇妙な岩を見つけた。
掘り起こしてみると、それは想像を絶する規模の岩盤だった。表面には100を超える円と溝が、まるで星座のように配置されている。大きなものは直径数十センチメートル。小さなものは指先ほど。そして、それらを結ぶように刻まれた無数の線。
これが「コフノ・ストーン」と呼ばれる、世界で最も注目される岩面彫刻のひとつだ。
発見当初、考古学者たちは色めき立った。この石は新石器時代後期から青銅器時代、つまり今から約5000年前に刻まれたものだと判明したからだ。文字が発明される前の時代。人類がまだ口伝と記号でしか情報を伝えられなかった時代に、誰かが膨大な時間をかけて、この岩に「何か」を記録した。
しかし、興奮と共に問題も訪れた。あまりの注目に観光客が押し寄せ、落書きや損傷が相次いだのだ。そして1965年、専門家たちは苦渋の決断を下す。コフノ・ストーンを土で覆い、物理的に保護することにしたのだ。
それから半世紀。この石は一度、2015年から2016年にかけて研究目的で掘り出され、最新の3Dスキャニング技術で詳細に記録された。しかし、その後再び埋め戻され、今も地中で静かに眠っている。
なぜ、文字も持たない時代の人間が、このような複雑な記号を刻んだのか?そして、なぜ私たちは未だにその意味を解読できないのか?
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それは「石の落書き」ではない
「カップ&リング・マーク」と呼ばれるこの謎の彫刻は、決して偶然の産物ではない。
その年代は新石器時代後期から青銅器時代にかけて、地域によって幅があるが、およそ5000年前後に遡る。驚くべきは、その地理的な広がりだ。スコットランド、アイルランド、イングランド北部など、主にヨーロッパの大西洋沿岸部に集中して見られるが、スペイン北部、イタリア、ギリシャなど地中海地域にも類似のモチーフが散見される。
さらに興味深いことに、日本列島にも岩に刻まれた図像が存在する。北海道余市町のフゴッペ洞窟、長野県の尖石遺跡周辺、九州各地に見られる岩面彫刻だ。ただし、これらはヨーロッパのカップ&リング・マークとは時代も文化的背景も異なる独自の発展を遂げたもので、直接的なつながりを示す証拠はない。しかし、「岩に謎めいた記号を刻む」という人類共通の発想が、遠く離れた土地で別々に生まれたという事実そのものが、深い謎を投げかけている。
物理的な特徴は明確だ。中心には小さな窪み、「カップ」がある。その周りを同心円状の溝、「リング」が取り囲む。そして多くの場合、輪から外へ一本の線、「テイル」が伸びている。
制作には途方もない労力が必要だったはずだ。当時の石器で硬い岩盤に溝を刻むには、何日も、場合によっては何週間もかかる。それでも彼らは刻み続けた。世代を超えて。

これは偶然ではない。明確な意図がある。
4つの「正体」説を追う
では、この謎の記号は一体何を意味するのか?考古学者たちは長年、様々な仮説を立ててきたが、決定的な証拠はまだ見つかっていない。現在、主に議論されている4つの説を見ていこう。
星図・天文学説:天空への地図
最もロマンチックな仮説がこれだ。カップ&リング・マークは夜空の星々、特にプレアデス星団やオリオン座を模したものだという。
この説を支持する観察例は少なくない。スコットランドのキルマーティン渓谷では、複数の岩面彫刻の配置が冬至の日の出の方向と相関している可能性が指摘されている。アイルランドのニューグレンジ遺跡周辺でも、特定の天文現象との関連性を探る研究が行われてきた。
古代の人々にとって、天体は単なる光ではなく、暦であり、航海の指標であり、神話の舞台だった。もし彼らが石に星図を刻んだとすれば、それは知識の保存、あるいは天空との対話の試みだったのかもしれない。ただし、これはあくまで「可能性の一つ」であり、確定的な証拠があるわけではない。
土地の権利・境界説:古代の地図
より実用的な解釈もある。これらの記号は氏族の領土、水利権、交易路を示す古代の地図だというのだ。
実際、カップ&リング・マークは水源の近くや、渓谷の見晴らしの良い場所、古い交易路沿いで多く発見される傾向がある。溝の配置が地形や川の流れと一致する例も報告されている。
文字のない時代、権利や境界を示すには、目に見える「しるし」が必要だった。石に刻まれた記号は、何世代にもわたって消えない証明書だったのかもしれない。この説も、状況証拠は豊富だが、決定打となる発見には至っていない。

儀礼・巡礼説:聖なる液体の通り道
三つ目の説は、これらが宗教的な儀式に使われたというものだ。
多くのカップ&リング・マークは、溝が傾斜を利用して液体を誘導する構造になっている。中央のカップに液体(水などの液体(血や酒も仮説として挙げられる))を注ぐと、溝を伝って流れていく。これは生贄の儀式や、豊穣を願う祭祀に使われたのではないか。水の象徴性と結びつける研究論文も発表されている。
スコットランドの一部の遺跡では、カップ&リング・マークの近くから焼けた骨や炭が発見されている。また、多くの彫刻が墓石や立石と関連していることから、これらが死者との交信や、魂の旅を象徴していた可能性も提案されている。

幻視・脳科学説:人類共通の視覚体験
最も現代的で、同時に最も不気味な仮説がこれだ。
神経科学者たちは、断食、瞑想、幻覚剤の使用などによる変性意識状態で、人間の脳が特定の幾何学的パターンを「見る」ことを発見した。点、円、格子、らせん。これらは「光視現象(エントプティック現象)」と呼ばれ、文化や時代を問わず、すべての人間に共通する。
もしかすると、古代のシャーマンや聖職者たちは、何らかの儀式を通じて変性意識状態に入り、そこで「見た」ビジョンを石に刻んだのかもしれない。この説は、世界各地で類似した幾何学的図像が見られる理由を説明できる可能性がある。ただし、ロックアート研究全般で参照される理論であり、カップ&リング・マークに特化した主流説というわけではない。
つまり、カップ&リング・マークは外界の記録ではなく、人間の内面世界の記録かもしれない。
これら4つの説はいずれも魅力的だが、考古学者たちの間でいまだ決定打となる証拠は見つかっていない。おそらく答えは一つではなく、時代や場所によって異なる意味を持っていた可能性が高い。
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深まるミステリー:なぜ「埋められた」のか?
コフノ・ストーンの物語には、苦い後日譚がある。
1960年代、この岩の発見は大きな話題となった。週末になると観光客が押し寄せ、多くの人がその彫刻に触れ、写真を撮った。そして一部の人々は、自分の名前や落書きを刻み始めた。都市開発の波も迫っていた。
専門家たちは警告を発した。しかし損傷は止まらなかった。石は風化し、彫刻は少しずつ失われていった。
そして決断の時が来た。これ以上の損傷を防ぐため、コフノ・ストーンを土で覆って保護することが決定されたのだ。1965年、最後の詳細な記録が取られた後、この貴重な岩面彫刻は地中へと還った。
それから50年が経過した2015年、研究者たちは再び石を掘り出した。今度は最新の3Dレーザースキャニング技術を駆使し、ミリ単位で彫刻の詳細をデジタル記録に残した。しかし2016年、再び石は埋め戻された。物理的な保存を優先するという判断だ。
皮肉なことに、現代の技術をもってすれば、化学分析、コンピュータによるパターン認識など、当時は想像もできなかった手段で研究できるはずだ。しかし石は再び埋まっている。発掘には莫大な費用と、損傷を受けるリスクが伴う。デジタルデータは残ったが、実物は地中で眠り続ける。
なぜ私たちは、この謎を解明できないのか?それは技術の問題だけではない。おそらく、私たちが「唯一の正解」を求めすぎているからだ。
記録ではなく「記憶」の器
5000年という時間は、あまりにも長い。
その間に、言語は変わり、文化は入れ替わり、宗教は生まれては消えた。カップ&リング・マークの「本来の意味」は、おそらく完全には復元できない。
しかし、それでいいのかもしれない。
考えてみれば、答えは一つではなかったはずだ。ある場所では星図として。別の場所では境界の印として。ある時代には聖なる儀式の道具として。そして別の時代には、祖先が残した謎として。同じような形の記号が、時代や場所によって役割を変えていった可能性が高い。必ずしも「世界共通のシステム」や「統一された記号体系」だったわけではなく、人類が各地で独自に同じような発想に辿り着いた結果かもしれない。
文字以前のメッセージは、論理ではなく直感に訴えかける。それは明確な情報ではなく、むしろ「問い」なのだ。これを見た者に、何かを考えさせ、何かを感じさせるための装置。
古代人が現代の私たちに残した「時空を超えた対話」。彼らは知っていたのかもしれない。5000年後、誰かがこの石を見つけ、頭を悩ませることを。そして、その「悩む」という行為そのものが、時を超えた交流になることを。
今日も世界のどこかで、誰かが岩に刻まれた円と溝を見つめている。答えは出ない。しかし、その沈黙の中に、何千年も前の人間の息遣いが感じられる気がする。
カップ&リング・マークは謎のままだ。そして、その謎こそが、彼らからの最後のメッセージなのかもしれない。
日本の岩面彫刻:独自の謎を持つ記号たち
ヨーロッパのカップ&リング・マークとは時代も文化的背景も異なるが、日本にも岩に刻まれた謎めいた図像が残っている。
北海道余市町のフゴッペ洞窟には、続縄文時代から古墳時代頃…「研究によっては約1500〜2000年前とされる」岩面彫刻が保存されている。人物像、動物、幾何学的な文様。スコットランドのカップ&リング・マークより数千年新しく、モチーフも異なるが、「岩に謎めいた記号を刻む」という点では、同じように私たちを惹きつける。
長野県の尖石遺跡周辺や、九州各地にも岩面彫刻の痕跡が見られる。これらが「同じ文化圏」や「同じ記号体系」に属していたとは言えないが、人類が世界各地で独自に、岩という永続的な素材に「何か」を刻み残そうとしてきたことだけは確かだ。
その「何か」が何だったのか。答えは地域ごとに、時代ごとに異なるのだろう。しかし、すべてに共通するのは、「後世に伝えたい」という強い意志だ。
あなたも探してみませんか?
日本国内にも、謎めいた岩面彫刻は存在します。北海道余市町のフゴッペ洞窟、長野県の尖石遺跡周辺、九州各地の巨石文化の痕跡。これらはヨーロッパのカップ&リング・マークとは別系統の文化ですが、同じように「岩に刻まれた人類の記憶」として、私たちに問いかけています。
次の旅行で、足元の岩をじっくり観察してみてください。もしかすると、何千年も前からのメッセージを見つけられるかもしれません。
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終わり
最後までお付き合い下さり有難う御座います。
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