なぜカレーは「国民食」になったのか?昭和レトロの波が生んだ、一皿の魔法と進化の歴史

ノスタルジーの中にあるカレーの香り

商店街の角を曲がった瞬間、ふわりと鼻をくすぐるあの香り。スパイスと何かが混ざり合った、懐かしくて温かい匂い。昭和の記憶を持つ人なら、きっと思い出すはずです。オリエンタルカレーの黄色い看板が揺れる定食屋、母が台所で大鍋をかき混ぜる姿、給食室から漂ってくる「今日はカレーだ!」という期待感。

カレーライスは、今や日本人の誰もが知る「国民食」です。しかし、考えてみれば不思議ではありませんか?

インド生まれ、イギリス経由で日本にやってきた異国の料理が、なぜここまで私たちの生活に深く根を下ろしたのでしょう…

その答えは、昭和という時代にありました。高級な洋食だったカレーが、庶民の食卓へ、子供たちの給食へ、そして「お茶の間」の主役へと変貌を遂げた、その魔法のような物語をひもといてみましょう。

黎明期:憧れのハイカラ料理から「軍隊」の味へ

明治時代、カレーは庶民にとって遠い存在でした。銀座の資生堂パーラーで供される「西洋料理」として、一部の富裕層だけが楽しめる超高級品だったのです。

普通の人々にとっては、一生に一度食べられるかどうかという憧れの味でした。

ところが、この状況を一変させたのが日本海軍でした。明治時代、海軍を悩ませていたのが「脚気」という病気。ビタミンB1不足が原因でしたが、当時はまだ栄養学が発達しておらず、白米中心の食事が問題だとは気づかれていませんでした。

そこで海軍が導入したのが、小麦粉でとろみをつけたカレーです。肉や野菜を一緒に食べられるこの料理は、栄養バランスに優れています。海軍カレーは兵士たちの健康を守り、やがて退役した軍人たちが故郷へこの味を持ち帰ったのです。

面白いことに、当時は「カレーライス」を「カレイライス」と表記する事もあったようです。また、具材として何を入れるべきか試行錯誤が続き、一時期はカエルまで検討されたという驚きのエピソードも。

日本式カレーの誕生は、まさに手探りの連続だったのです。

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昭和の転換点:主婦の味方「固形カレールウ」の登場

戦後の日本、復興の足音が聞こえ始めた1950年代。この時代に起きたのが、カレー史における最大の革命でした。ベル食品やハウス食品などが「固形カレールウ」を発売したのです。

それまでカレーを作るには、何種類ものスパイスを調合する必要がありました。

ターメリック、クミン、コリアンダー、カイエンペッパー……。材料を揃えるだけでも大変で、配合を間違えれば失敗してしまう。そんなハードルの高い料理が、魔法の箱ひとつで「失敗しない」「誰でも作れる」ものに変わったのです。

高度経済成長期に入り、サラリーマンの夫を持つ主婦たちは忙しくなっていました。「手早く、でも家族が喜ぶ食事を」という願いに、固形カレールウは完璧に応えました。

パッケージに書かれた「カレーのおばさん」のイラストは、多くの家庭の台所で頼もしい味方となったのです。

さらに、1954年に制定された学校給食法も、カレーの地位を決定的なものにしました。全国の子供たちが一斉に同じカレーを食べる。「カレー=みんなが大好きな味」という共通言語が、この時代に生まれたのです。

給食のカレーは、クラスメイトとの思い出と共に、多くの人の心に刻まれていきました。

昭和40年代の革命:ボンカレーと「3分間」の衝撃

1968年、昭和43年。大塚食品が世界初のレトルトカレー「ボンカレー」を発売しました。これは単なる新商品の登場ではなく、食文化における革命でした。

「お湯で温めるだけ」

たったこれだけで、本格的なカレーが食べられる。当時の人々にとって、それはまるでSF映画の中の技術のようでした。実際、レトルト食品は宇宙食の研究から生まれた技術で、「宇宙の時代」を感じさせるワクワク感がありました…

そして時代背景も重要でした。団地住まいが増え、核家族化が進んだ昭和40年代。個食や簡便化のニーズが高まる中、ボンカレーは完璧にマッチしたのです。残業で遅くなった父親が、温かいカレーを一人で食べられる。子供が一人でお留守番している時も、お湯さえ沸かせればご飯が作れる。

ホーロー看板に微笑む松山容子さんのビジュアルは、昭和の街角の風景そのものでした。「あ、ボンカレーだ」と指をさす子供たち。看板を見上げながら、今夜の夕食を想像する主婦たち。ボンカレーは商品を超えて、昭和という時代の象徴になっていったのです。

昭和カレーが現代に繋いだもの

こうして日本独自の進化を遂げたカレーは、もはやインドのカレーともイギリスのカレーとも違う、まったく別の料理になっていました。出汁を使い、醤油を隠し味に加え、時には味噌やソースまで入れる。まさに「ガラパゴス的進化」を遂げた日本式カレーの完成です。

そして昭和の食卓からは、独特の「カレー文化」が生まれました。

「2日目のカレーが美味しい」という概念。これは、作り置きができる固形ルウならではの発見でした。時間が経つほどに味がなじむカレーは、忙しい主婦の強い味方でもありました。

各家庭の「隠し味」論争も、昭和カレーの醍醐味です。「うちはチョコレートを入れる」「いや、リンゴだ」「ソースが決め手」。どの家庭にもそれぞれの味があり、それが「おふくろの味」として記憶に残っていく。カレーは、家族の個性を表現する料理にもなったのです。

金曜日はカレーの日、という海上自衛隊の伝統も、多くの家庭に広がりました。「今週も頑張った」という達成感と共に食べるカレーは、週末への橋渡しとなる特別な一皿でした。

画像はイメージです

一皿に込められた「変わらぬ安心感」

令和の今、私たちの周りには世界中の料理があふれています。本格的なエスニック料理も、ミシュラン級のフレンチも、スマホ一つで届く時代です。

それでも、疲れた時、心が落ち着かない時、私たちは無意識にカレーを選んでしまいます。それはなぜでしょうか?

おそらく、カレーの香りの中には昭和から続く「平和の象徴」が刷り込まれているからです。家族が食卓を囲む団らんの記憶。給食で友達とおかわりを競った記憶。母が大鍋で作ってくれた、あの温かい記憶。

カレーは、私たちにとって単なる「美味しい料理」ではありません。それは、どんなに時代が変わっても変わらない何か、帰る場所のような存在なのです。

昭和という時代が終わって30年以上が経ちました。けれど、キッチンからカレーの香りが漂ってくる瞬間、私たちは一瞬で「あの頃」に戻ることができます。商店街の角を曲がった時の期待感。今日はカレーだと分かった時の嬉しさ。大きなスプーンですくった、黄金色の幸せ。

時代が変わっても、カレーは変わらずそこにある。それは、昭和から令和へと続く、日本の食卓の奇跡なのかもしれません。

今夜、あなたも昭和の香りを求めて、お鍋を火にかけてみませんか?

ルウが溶けていく音、スパイスが立ち上る香り、そして家族が「今日カレー?」と嬉しそうに集まってくる足音。その一皿には、きっと時代を超えた魔法が詰まっているはずです。

あなたの家のカレーには、どんな隠し味を入れるのでしょうね〜

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-おわり-

最後までお付き合いくださり有難うございます。

この記事があなたの明日へのスパイスとなれば幸いです。