都市伝説か?江戸の町に「ゴミ箱」が存在しなかった理由 ―― 100万人都市を支えた究極のゼロウェイスト社会

Prolog

消えた猫の謎

江戸の町を歩けば、路地裏には無数の野良猫がうろつき、夜な夜な屋根を駆け回っていた。しかし奇妙なことに、猫の死骸が路上に転がっている光景は、ほとんど見られなかったという。

100万人が暮らす世界最大級の都市だった江戸。現代の東京のように清掃車が走るわけでもなく、焼却炉があるわけでもない。それなのに町は驚くほど清潔で、ゴミの山は存在しなかった。

猫の亡骸はどこへ消えたのか?
この不思議な謎を追っていくと、現代人が失ってしまった「モノの命を使い切る」驚異のシステムが見えてくる。

あなたの「ゴミ」が、誰かの「給料」になる世界

1,000種類のリサイクル職人たちがいた?

江戸時代には、嘘か真か?1,000種類以上の専門回収業者が存在していたと言われています。驚くべきは、その回収対象の細かさ。私たちが「ゴミ」と呼ぶものすべてに、それを専門に扱う職人がいたのです。

【髪の毛さえ「商品」になる】
**「おちゃない(すき髪買い)」と呼ばれる行商人は、女性が櫛で髪を梳いた際に抜け落ちた髪の毛だけを回収して歩きました。集めた髪は洗浄・加工され、「かもじ」**という、現代で言うエクステンションとして再販されます。

美しい黒髪は高値で取引され、江戸の女性たちにとって「抜け毛」は捨てるものではなく、**「売れる資産」**だったのです。

【ロウソクの涙も拾い集める】
当時、ロウソクは庶民にとって高級品でした。そこで活躍したのが**「ロウソクの流れ買い」**。寺社や裕福な家を回り、ロウソクから垂れ落ちた「ロウの涙」を丁寧に回収します。

集めたロウは精製され、再び新品のロウソクとして生まれ変わる。現代なら「掃除のついで」で捨てられるものが、立派な商売として成立していたのです。

【灰まみれの白髪職人】
かまどの灰を回収する**「灰買い(はいがい)」**は、まさに江戸のリサイクルを象徴する職業でした。

灰は肥料、洗剤、染め物の媒染剤として需要があり、毎日大量に必要とされました。灰買いは朝から晩まで灰を集めて回るため、全身が真っ白に。若者でも白髪の老人に見えたという逸話が残っています。

「人糞」がブランド品として売買された経済学

江戸のトイレは「金鉱」だった

ここからが江戸のリサイクル社会の真骨頂です。

江戸の長屋には「汲み取り式トイレ」がありましたが、住人はその処理に困ることはありませんでした。なぜなら、農家が野菜と引き換えに買い取ってくれたから。

そう、**トイレは「肥溜め」であり「貯金箱」**だったのです。

身分で値段が変わる? 糞尿の「格付け」

さらに驚くべきは、糞尿の価格が「身分」によって異なるという事実。

  • 武家屋敷の糞尿:肉や魚、上質な米を食べているため栄養価が高く、高級肥料として高値で取引された
  • 庶民の糞尿:質素な食事のため、やや安価

農家たちは「あの長屋の肥は野菜がよく育つ」などと品質を吟味し、契約を結んでいたと言います。現代の「ブランド食材」ならぬ、**「ブランド糞尿」**が存在していたのです。

子供も稼げる! 江戸版「ポイ活」社会

町中が「宝探しゲーム」

江戸の子供たちにとって、道端に落ちているものは全て**「お小遣いの種」**でした。

  • 紙の切れ端 → 「紙屑拾い」に売る → 駄菓子と交換
  • 釘や金属片 → 「古鉄買い」に売る → 数文のお金に
  • 糸くずや布の端切れ → 「古着屋」へ → おもちゃと交換

現代の「ポイ活」や「リサイクルショップ」の原型が、すでに江戸時代に完成していたのです。

**「1文(現代の約20円〜50円程度とされる)を笑う者は1文に泣く」**という言葉があるように、江戸っ子は小さな資源も決して無駄にしませんでした。結果として、町は自然と清潔に保たれ、誰も「清掃員」を雇う必要がなかったのです。

ちょっと変わった江戸の裏話

① 妻の稼ぎで一生遊ぶ「ヒモ」の元祖

髪の毛のリサイクルが盛んだったため、女性の髪を結う**「女髪結い」**は超高収入の職業でした。そのため、妻の稼ぎだけで夫が一生遊んで暮らせることも。

ここから生まれたのが**「女髪結いの亭主」**という言葉。現代で言う「ヒモ」の語源とも言われています。

② 将軍専属「お漏らし係」の存在

徳川将軍には、移動中に尿意を催した際、専用の容器を持って待機する**「お筒持ち」**という役職がありました。

これは単なる「トイレ係」ではなく、将軍の健康状態をチェックする重要な役目。排泄物の色や匂いまで記録され、医師に報告されていたのです。

③ 【都市伝説】猫の死体はどこへ消えた?

冒頭の謎に戻りましょう。

江戸の町に猫の死骸が転がっていなかった理由。一説には、三味線の皮として利用するため、夜な夜な回収する業者がいたと囁かれています。

真偽は定かではありませんが、この都市伝説が生まれるほど、江戸は「あらゆるものが資源になる社会」だったのです。

完全循環の美学 ・モノの一生を追う

衣類の輪廻転生

江戸のリサイクルで最も美しいのは、モノが最後まで「土に還る」設計になっていたこと。

【着物の一生】

  1. 新品の着物 → 裕福な家で着用
  2. 古着 → 古着屋で庶民へ
  3. 継ぎ接ぎだらけの服 → さらに貧しい人へ
  4. ボロ布 → 雑巾、おむつ、足袋の裏地
  5. ボロボロの布 → 燃やして「灰」に
  6. 灰 → 肥料として田畑へ → 綿花が育つ → 新しい布に

完璧な循環システムです。「ゴミ」という終着点が存在しないのです。

修理職人の矜持

江戸には「壊れたら捨てる」という概念がありませんでした。

  • 鋳掛屋(いかけや):鍋や釜の穴を塞ぐ
  • 提灯張り替え屋:破れた提灯の紙を張り替える
  • 傘の骨つぎ屋:折れた傘の骨を接いで修理

「新品を買う」より「修理して使い続ける」方が美徳とされ、職人たちはその技術に誇りを持っていました。

Epilogue

江戸が遺した「執念のクリエイティビティ」

私たちは今、「SDGs」や「サステナブル」という言葉を掲げ、持続可能な社会を目指しています。しかし江戸時代の日本人は、言葉を知らずとも、それを完璧に実現していました。

彼らを動かしたのは「環境意識」ではなく、「貧しさ」と「もったいない精神」、そして「儲けたい」という欲望でした。

だからこそ、システムは持続したのです。

江戸から学ぶ、これからのヒント

  • 「ゴミ」は視点を変えれば「資源」になる
  • 小さな循環が、大きな経済を生む
  • 不便さの中にこそ、創意工夫が生まれる

100万人が暮らす大都市で、焼却炉もゴミ収集車もなく、それでも清潔さを保てた江戸。

その秘密は、**「モノの命を、最後の最後まで使い切る執念」**にありました。

テクノロジーに頼る前に、私たちは江戸時代の「人の手と知恵」から、もう一度学ぶべきことがあるのかもしれません。

【おまけ豆知識】
江戸時代、町人の家には「ゴミ箱」という家具が存在しませんでした。なぜなら、捨てるものが何もなかったから。これこそが、究極のミニマリスト社会だったのです。

あなたの身の回りにある「ゴミ」、本当に「ゴミ」ですか?
江戸の人々なら、きっと「これは宝だ」と言うかもしれませんね。