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こんにちは‼️
retro flamingoへようこそ、
今回は 宮沢賢治のファンタジーの世界感を考察して見ようと思います。
私の子供の頃に国語の授業で「雨ニモマケズ/風ニモマケズ」
という詩を教わったのですが、当時はその内容を深く理解はできませんでした。
人の為に尽くしたいというのは分かるのですが、ストイックすぎる内容に不思議さを感じたのです。
しかしそのフレーズは忘れる事なく今も憶えています。
現代においても宮沢賢治作品のユニークな発想は時を超えてインパクトを与え続けているのです。
『雨ニモマケズ』
この詩が発表されたのは宮沢賢治の没後1年を記念した1934年9月21日付の「岩手日報」でした、
この有名な詩は没後に発見された遺作で、1931年秋に宮沢賢治の使用していた黒い手帳に鉛筆で記されており、冒頭部のページに「11.3.」と記されてあることから同年11月3日に執筆したと推定されています。
この手帳が発見されたのは、賢治が亡くなつた翌1934年2月16日東京・新宿で開催さた「宮沢賢治友の会」の席上で賢治の弟・宮沢清六が賢治の遺品である大きな革トランクを持参し、その中にあった手帳を参加者に回覧した際に見つけられたのでした。
このような経緯により見つけられたエピソードを見ると偶然というか導きのような素敵な感覚をおぼえます。
宮沢賢治は詩人・童話作家でその作品はファンタジーに溢れ読む側もイマジネーションが広がり現実を忘れるような夢の世界にいざなわれます。
そこには『イーハトーブ』という宮沢賢治の独特の造語により作られるオリジナルの理想郷があるからなのでしょう。
何より宮沢賢治にまつわるとても優しさに長けた人物像が語られ、鉱物愛好家で石を集め「石コ賢さん」という愛称でよばれ…
又 音楽好きで暇を見つけてはレコードを買い求める為、賢治の行きつけの楽器店はイギリスのポリドール・レコードから感謝状を贈られたといいます。
賢治の音楽好きはベートーベン・ドヴォルザークを好み、自らも楽曲を制作する程でした。
他にも沢山の逸話が残る 『宮沢賢治』
37年の生涯でこれだけのエピソードと名作の数々を残した功績には驚かされます。その行動に現れる好奇心と貪欲さには偉人たる人の凄みをかんじます。

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数多い中から作品をあげるとすると…
迷う所ですが…やはり 『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』でしょうか⁉︎

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行き先の解らないストーリーのハラハラ感と読み終えて感じる独特の世界観は、
その物語に対する自分なりの解釈への模索が何かのヒントに繋がるかも知れません。
是非一度は読んでおきたい本です。
今回『宮沢賢治のイーハトーブ』
如何でしたでしょうか⁉️
楽しんで頂けたら嬉しいです、
この記事があなたの明日のスパイスとなれば幸いです。
retro flamingoでした。

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