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(出典:Wikimedia Commons/パブリックドメイン)
19世紀後半、アメリカ北東部の森を、奇妙な男が歩いていた。
彼は全身を革の服で覆い、言葉をほとんど発さず、季節を問わず同じ姿で歩き続けた。雪の降る冬も、灼熱の夏も、その革の装束が脱がれることはなかった。
人々は彼をこう呼んだ――「コネチカット・レザーマン」
幽霊でも伝説でもない。写真が残り、警察記録や新聞記事にも登場する”実在の人物”である。にもかかわらず、彼の正体は今なお完全には解明されていない。
彼は一体、何者だったのか?なぜ革の服に身を包み、無言で歩き続けたのか?
今回は、実在の記録をもとに、この謎めいた放浪者の真実に迫ります。
第1章
コネチカット・レザーマンの基本情報――確かに存在した男
活動期間と出没地域
コネチカット・レザーマンが最初に目撃されたのは、1860年代のことだった。彼の活動範囲は広く、以下の地域を中心に出没した。
∙ コネチカット州
∙ ニューヨーク州南部
∙ マサチューセッツ州西部
驚くべきことに、彼の移動ルートは約365マイル(約587km)の決まった巡回路を描いており、約34日周期で同じ場所に現れたという記録が残っている。
地元住民は彼の行動パターンを把握しており、「そろそろレザーマンが来る頃だ」とカレンダー代わりにしていたという証言もある。

記録をもとに再構成された、レザーマンの約34日周期の移動ルート。
ほぼ同じ日数で同じ町に現れる正確さは、当時の人々を驚かせた。
外見的特徴――革に覆われた身体
複数の証言をまとめると、彼の外見は以下のように描写されている。
∙ 頭から足まで革製の衣服を着用
∙ フード、ズボン、靴に至るまですべて革製
∙ 自作と思われる粗雑だが頑丈な縫製
∙ 無精髭を生やし、ほとんど表情を変えない
∙ 身長は平均的で、体格はやや痩せ型
特筆すべきは、彼が布製の衣類を一切拒否したという点だ。善意の住民が新しい服を差し出しても、彼は決して受け取らなかった。
地元住民との関係――恐れられつつも受け入れられた存在
レザーマンは決して危害を加えなかった。彼は食料に恵まれる存在として、地域社会に静かに組み込まれていた。
∙ パンや残り物を玄関先に置いてくれる家庭があった
∙ 子供たちは彼を恐れつつも、興味津々で後をつけた
∙ 彼は洞窟や岩陰で夜を過ごし、建物に入ることはほとんどなかった
ある新聞記事には、こう書かれている。
「彼は我々の言葉を理解しているようだが、決して答えない。ただ頷くか、首を振るかするだけである」
第2章
なぜ”革の服”だったのか?――合理性と異様さの狭間
革服の実用的側面
一見すると、革の服は19世紀の放浪者にとって合理的な選択に思える。
∙ 防寒性:冬の寒さから身を守る
∙ 防水性:雨や雪を弾く
∙ 耐久性:破れにくく、長持ちする
当時の労働者や猟師の間でも、革製の衣類は一般的だった。その意味で、レザーマンの服装は完全に異常とは言えない。
しかし、異常な点
問題は、彼が一年中、革のみを身に着けていたという点だ。
真夏の酷暑でも、彼は革のフードを被り、革のコートを羽織っていた。当然、悪臭を放ち、皮膚には深刻な炎症が生じていたと考えられる。
にもかかわらず、彼は布製の衣類を拒否し続けた。
考えられる理由
なぜ彼はここまで革に固執したのか?いくつかの仮説が浮上する。
精神的トラウマ説
過去の出来事が原因で、特定の素材以外を身に着けられなくなった可能性。触覚過敏や強迫観念の一種かもしれない。
宗教的・個人的信念説
革という素材に特別な意味を見出していた可能性。贖罪、修行、あるいは自己規律の一環として選んだのかもしれない。
社会からの意図的な隔絶説
布=文明社会の象徴として拒絶し、自らを動物に近い存在と位置づけていた可能性。
いずれにせよ、彼の革への執着には、単なる実用性を超えた何か深い理由があったと考えられる。
第3章
彼は何者だったのか?――浮上した3つの仮説
レザーマンの正体については、長年にわたり様々な推測がなされてきた。以下、最も有力な3つの仮説を紹介する。
仮説① フランス系移民「ジュール・ブルジョワ」説(最有力)
最も広く信じられているのが、彼の正体はジュール・ブルジョワ(Jules Bourglay)というフランス人移民だったという説だ。
この説によれば、ジュールはフランス出身の靴職人で、裕福な革商人の娘と恋に落ちた。しかし事業に失敗し、恋人の父親から結婚を反対されたことで精神を病んだという。
この説を支持する根拠
∙ 「ジュール」と呼びかけると反応したという証言
∙ 靴職人なら革の扱いに長けている
∙ フランス語らしき言葉を呟いていたという記録
ただし、この説には決定的な証拠がなく、後世の創作である可能性も指摘されている。2011年には彼の墓が調査され、DNA鑑定が試みられたが、ブルジョワ家との血縁関係は否定された。
仮説② 南北戦争トラウマ説
レザーマンが活動を始めた時期は、南北戦争(1861-1865)の直後である。
この時代、多くの兵士がPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいた。戦場での凄惨な体験が原因で、社会復帰できず放浪生活を送る者も少なくなかった。
この説を支持する根拠
∙ 無言・孤立・規則正しい行動パターン
∙ 社会との関わりを避ける姿勢
∙ 同時代に似た境遇の退役軍人が多数存在
ただし、彼が実際に従軍していたという記録は見つかっていない。
仮説③ 意図的沈黙者説――語らぬことを選んだ男
もう一つの可能性は、彼が自ら言葉を捨てたというものだ。
19世紀のアメリカには、宗教的理由や哲学的信念から「沈黙の誓い」を立てる者がいた。また、世捨て人として生きることを選んだ思想家や隠者も存在した。
レザーマンもまた、何らかの理由で社会との対話を拒絶し、孤独な巡礼の旅を続けたのかもしれない。
第4章
写真と新聞が語る”確かに存在した男”
現存する写真
レザーマンの最も有名な写真は、1885年頃に撮影されたものだ。
そこには、革のフードを被り、無表情でカメラを見つめる男が写っている。粗末な革の継ぎはぎが、彼の生活の厳しさを物語る。
この写真は、彼が単なる伝説ではなく実在の人物であったことを証明する貴重な資料だ。
新聞記事に見る当時の反応
当時の新聞には、レザーマンに関する記事が数多く掲載された。
『ニューヨーク・タイムズ』(1885年)の記事には、こう書かれている。
「この奇妙な放浪者は、誰とも言葉を交わさず、ただ決まった道を歩き続ける。彼の目的は不明だが、その存在は地域社会に奇妙な安心感をもたらしている」
また別の記事では、彼を「harmless eccentric(無害な変人)」と表現しており、当時の人々が彼を脅威ではなく、好奇の対象として見ていたことがわかる。
誇張と事実の切り分け
ただし、当時の新聞には誇張や脚色も多い。センセーショナルな見出しで読者の関心を引くため、事実が歪められることもあった。
例えば、「レザーマンは洞窟で野生動物と暮らしている」といった記述は、明らかに誇張だろう。
重要なのは、複数の独立した証言や記録を照合することだ。そうすることで、伝説と事実を切り分けることができる。

コネチカット州に現存する「レザーマンズ・ケイブ」。
彼が繰り返し身を寄せたとされる洞穴は、住居というより“通過点”に近い簡素な岩陰だった。
第5章
死と墓、そして残された謎
1889年、男は静かに消えた
レザーマンは1889年3月24日、ニューヨーク州マウントプレザント近郊の洞窟で死亡しているのが発見された。
死因は衰弱と口腔癌と推定されている。長年の不衛生な生活と栄養失調が、彼の命を奪った。
地元住民は彼をスパルタ墓地(Sparta Cemetery)に埋葬した。墓標には「THE LEATHERMAN」とだけ刻まれた。
墓が何度も掘り起こされた理由
レザーマンの墓は、その後何度も掘り起こされた。
∙ 学術的好奇心から遺骨を調査したいという要望
∙ 彼の正体を突き止めようとする試み
∙ 単なる好事家の関心
2011年には、ブルジョワ説を検証するためにDNA鑑定が試みられたが、結果は否定的だった。
現在の墓標
現在、レザーマンの墓は移転され、新しい墓標が立てられている。
そこにはこう刻まれている。
“THE LEATHERMAN”Traveled a 365 mile route from the Connecticut River to the Hudson RiverFinal resting place discovered
(「レザーマン」コネチカット川からハドソン川まで365マイルのルートを移動最終的な安息の地が発見される)
名前も素性も不明のまま、彼は「革の男」として歴史に刻まれた。
第6章
コネチカット・レザーマンは「何を象徴しているのか」
近代化から零れ落ちた存在
19世紀後半のアメリカは、急速な工業化と都市化が進んでいた。鉄道が敷かれ、工場が建ち、人々は時計に従って生きるようになった。
レザーマンは、そんな近代社会から意図的に距離を置いた存在だった。
彼は時計ではなく季節に従い、建物ではなく洞窟に住み、言葉ではなく沈黙で語った。
名前を失った人間の記録
レザーマンの最も悲劇的な点は、彼が名前を持たないまま歴史に残ったことかもしれない。
「ジュール・ブルジョワ」という名前は、後世の推測に過ぎない。彼の本当の名前、出自、家族、過去―すべてが闇に包まれている。
彼はアイデンティティを剥奪された存在として、ただ「革の男」と呼ばれ続ける。
社会が「理解できないもの」をどう扱うか
レザーマンの物語は、社会が異質な存在をどう扱うかを映す鏡でもある。
当時の人々は、彼を排除するのではなく、静かに受け入れた。食料を与え、見守り、そっとしておいた。
一方で、彼を「奇人」「見世物」として消費する側面もあった。新聞は彼をセンセーショナルに報じ、人々は好奇の目で眺めた。
この両義性は、今日の社会にも通じるものがある。
実在するからこそ怖い、人間のミステリー
幽霊や怪物なら、まだ理解できる。それらは架空の存在だからだ。
しかしレザーマンは実在した。写真があり、記録があり、墓がある。
それなのに、彼の心の内は永遠に理解できない。
人間が最も恐ろしいのは、理解不能な人間である――レザーマンは、その真理を体現している。
終章
彼は今も歩いているのかもしれない
コネチカット・レザーマンは、約34日周期で同じ道を歩いた。
春も夏も秋も冬も、彼は決まった道を、決まったリズムで歩き続けた。
その姿は、幽霊よりも現実的な恐怖を感じさせる。なぜなら、彼は確かにそこにいたからだ。
1889年、記録が途切れた瞬間、彼は歴史からも消えた。
だが――
今でもコネチカット州の森を歩くと、革の軋む音が聞こえるという。
それは風の音か、木の擦れる音か。
あるいは、今も歩き続ける男の足音なのかもしれない。
Ꭲhe end
最後までお付き合い下さり有難う御座います、この記事があなたの明日のスパイスとなれば嬉しいです。
【参考文献・関連資料】
∙ 『The New York Times』各年記事アーカイブ
∙ Dan W. DeLuca, The Old Leather Man: Historical Accounts of a Connecticut and New York Legend (2008)
∙ コネチカット州歴史協会所蔵資料
あなたは、レザーマンを信じますか?
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