スポンサーリンク

砂漠から現れた「ありえない」遺物
1936年、バグダッド近郊の古代遺跡。
発掘調査に携わっていた作業員たちは、何の変哲もない土器を掘り出しました。
高さ14センチほどの黄色い器は、一見すると古代メソポタミアでよく見られる日用品のひとつに過ぎませんでした。
しかし、この土器の内部には、誰も予想しなかった秘密が隠されていました。
銅の円筒、鉄の棒、そしてアスファルトによる精密な固定構造—それは驚くべきことに、現代の乾電池と酷似した仕組みだったのです。
私たちの文明が電気を本格的に利用し始めたのは、わずか200年ほど前のこと…
それなのに、紀元前の人々がすでに「電池」を作り出していたとしたら?
考古学の常識を揺さぶる、オーパーツ界のスター「バグダッド電池」の深淵に、今回迫ってみたいと思います。
それは本当に「電池」なのか?
発見された遺物の構造は、実にシンプルでありながら巧妙に作られているしろものでした。
高さ約14センチの陶製の壺。その中には銅でできた円筒が収められ、円筒の中心部には鉄の棒が通されています。そして、これらの部品はアスファルトでしっかりと固定されており、異なる金属、絶縁体、そして容器—まるで電池の教科書に載っている基本構造そのものだったのです。
1940年、ドイツの考古学者ヴィルヘルム・ケーニヒは、この遺物を詳しく調査した結果、大胆な仮説を提唱しました。「これは古代の電池である」と。

当時、多くの学者がこの説に懐疑的でしたが、その後の再現実験は驚くべき結果をもたらします。
土器の中にブドウジュースや酢などの酸性液体を電解液として注ぐと、実際に0.5〜1.1ボルトの電圧が発生したのです。この電力は小さなLEDを点灯させるには十分な強さでした。
この事を踏まえ科学的には、電池として機能する可能性が証明されました…
では次の疑問は当然こうなります—古代人は、いったい何のためにこの電気を使ったのでしょうか?
古代人は電気を何に使ったのか?
もしバグダッド電池が本当に電池として使われていたなら、その用途は何だったのか。明確な答えは今も見つかっていませんが、研究者たちはいくつかの魅力的な仮説を立てています。
仮説A:黄金の魔術(電解メッキ説)
最も有力視されているのが、この説です。古代メソポタミアの遺跡からは、精巧な金メッキが施された装飾品が数多く発見されています。しかし当時、どのようにしてこれほど均一で美しいメッキ加工を実現したのかは、長年の謎でした。
もしバグダッド電池を使って電気分解によるメッキを行っていたとしたら、すべてが説明できます。銀の装飾品を金でコーティングする際、電解液に金塩を溶かし、微弱な電流を流す。すると化学反応によって、銀の表面に均一な金の層が形成されるのです。
興味深いのは、当時の職人たちがこのプロセスを「化学」として理解していたとは考えにくいということ。おそらく彼らにとって、これは代々受け継がれてきた「秘伝の技」であり、あるいは神から授かった「魔術」だったのかもしれません。
仮説B:神の啓示(医療・宗教儀式説)
電気刺激を医療目的で使う試みは、実は18世紀のヨーロッパでも行われていました。それよりはるか昔、古代メソポタミアの治療師たちが電気を使った針治療のようなものを行っていた可能性も否定できません。
あるいは、より神秘的な用途も考えられます。神殿の神像に電池を仕込み、信者が触れた瞬間に「ピリッ」とした電気ショックを感じさせる—これは神の力の証明として、強烈な宗教体験を演出できたでしょう。
古代エジプトでも、デンデラ電球と呼ばれる謎の壁画が残されており、古代文明と電気の関係は、私たちが思うより深いのかもしれません。
仮説C:失われた高次文明の断片
最もロマンティックで、同時に最も検証が難しいのがこの仮説です。
バグダッド電池が発見されたのは、パルティア時代(紀元前247年〜紀元後224年)の地層からでした。しかし、似たような構造を持つ遺物は、それ以前にもそれ以降にもほとんど見つかっていません。
まるで、ある特定の時期にだけ、ぽっかりと現れた技術のように。
これは何を意味するのでしょうか?もしかすると、さらに古い時代—シュメール文明やそれ以前の、私たちがまだ知らない高度な文明—から伝わった「忘れ去られた知識」の断片だったのではないか。そんな想像が、歴史ファンの心を捉えて離さないのです。

知的好奇心を深める「謎」
ここまで読んで、すっかりバグダッド電池が古代の電池だと信じてしまった方もいるかもしれません。しかし、誠実であるためには、懐疑的な意見にも耳を傾ける必要があります。
批判派の研究者たちは、いくつかの重要な疑問を投げかけています。
まず、電池として使われていたなら、なぜ周辺から配線や電球、あるいは電気を使った痕跡のある遺物が一切見つからないのか?…
電池だけがぽつんと存在するというのは、不自然ではないでしょうか。
また、土器はアスファルトで密封されており、一度封をすると液体の補充がほぼ不可能です。電池として繰り返し使うには不便すぎる構造だという指摘もあります。
このため、実際には巻物などの文書を湿気から守るための保管容器だったのではないか、という説も根強く支持されています。
さらに、再現実験で発電が確認されたとはいえ、それは「現代人が電池として使おうとしたら使える」というだけで、「当時の人々が実際に電池として使っていた」証拠にはならない、という冷静な意見もあります。
しかし、ここで私が強調したいのは—科学的な否定派の意見もまた、完全な「確証」ではないということです。「電池ではなかった」という証明も、「電池だった」という証明も、決定的なものは存在しません。
この「答えが出ない余白」こそが、古代史の最大の魅力なのではないでしょうか?
すべてが解明されてしまったら、そこにロマンは残りません。謎があるからこそ、私たちは想像し、議論し、新たな発見を求めて探求を続けるのです。

砂の下に眠る「未来」
バグダッド電池が本当に電池だったのか、それとも全く別の用途の器だったのか—その答えは、おそらく永遠に闇の中かもしれません。
しかし、たとえ電池でなかったとしても、ひとつだけ確実なことがあります。
それは、紀元前の人々が「異なる素材を組み合わせることで、何か新しいものを生み出そう」とした創造性と探究心が、確かに存在していたということです。
銅と鉄、土器とアスファルト。それぞれ全く性質の違う素材を、丁寧に、慎重に組み合わせて作られたこの遺物。
たとえその目的が私たちの想像とは違っていたとしても、そこには間違いなく、人間の知恵と工夫が込められています。
ふと考えてみてください。現代の私たちが毎日手にしているスマートフォンのバッテリーも、もし数千年後に発掘されたら、未来の考古学者たちを悩ませる「謎の物体」になるかもしれません。
「なぜこんなに小さな箱に、複雑な化学物質を詰め込んだのか?」「これは宗教儀式に使われたのでは?」—そんな議論が交わされる日が来るかもしれないのです。
歴史とは、過去を知ることであると同時に、未来を想像すること。そして何より、人類が連綿と受け継いできた「知りたい」という欲求の物語なのかもしれません。
バグダッド電池という小さな土器は、今日も博物館の一角で静かに眠っています。その内部に秘められた真実を知る者は、もうこの世にはいません。
しかし、その謎が私たちに問いかけるものは、今も色褪せることなく輝き続けています。
砂の下には、まだ私たちが知らない「過去の未来」が眠っているのです。
-終わり-
最後までお付き合い下さり有難う御座います!
この記事があなたの明日のスパイスとなれば嬉しいです。
✱書籍商品ご紹介リンク 超古代文明とオーパーツの謎 (ほんとうにあった! ? 世界の超ミステリー)
✱参考文献・さらに深く知りたい方へ
∙ バグダッド電池の再現実験は、MythBustersなどの科学番組でも取り上げられています
∙ 電気メッキ説を提唱したポール・T・キーザーの研究論文
∙ 古代オリエント博物館などで、類似の遺物を実際に見ることができます。
スポンサーリンク