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こんにちは
retro- flamingoへようこそ‼️
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RETRO FLAMINGO
皆さん和服に興味はありますか? 特に女性の方々は、成人式の振袖、夏の浴衣、結婚式の色打掛など、人生の節目で著物に触れる機会が多いのではないでしょうか。和服は日本人の一大イベントに欠かせない民族衣裝といえます。 私自身は旅行先のホテルで浴衣を着る程度で、本格的な和装の経験はほとんどありませんでした。ただ、そういえば結婚式で一度袴を着たことがあります。若い頃は特に気に留めませんでしたが、最近は街で和服姿の方を見かけると、その美しさに目を奪われるようになりました。 そんな非日常を演出する和服… 今回は、日本人の服装がどのように変遷してきたのか、歴史的事実をもとに詳しく見ていきたいと思います。
夏になると蚊やその他の害虫に悩まされることが多くなりますが、現代では虫除けスプレーや電子蚊取り器など、対策グッズが充実しています。
しかし私が子供の頃には、8月のお盆になると母の実家に親戚が集まり、吊り下げられた蚊帳の中でみんなで川の字になって眠ったものです。
あの独特の風通しの良さと、ほのかな安心感…そして仕切られた空間の不思議な楽しさが今でも鮮明に思い出されるのです。
夏になると蚊やその他の害虫に悩まされることが多くなりますが、現代では虫除けスプレーや電子蚊取り器など、対策グッズが充実しています。
しかし私が子供の頃には、8月のお盆になると母の実家に親戚が集まり、吊り下げられた蚊帳の中でみんなで川の字になって眠ったものです。
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蚊帳とは何か——シンプルで画期的な防虫システム
蚊帳は約1mm程度の網目で織られた、主に麻や木綿などの天然繊維で作られた吊り下げ式の防虫ネットです。その最大の特徴は「虫は通さず、風は通す」という機能性。エアコンも殺虫剤もない時代に、人々の安眠を守ってくれた画期的な発明でした。
現代でもこの原理は世界中で活用されており、アウトドア用テントには「モスキート・ネット」として標準装備されています。
特にアフリカ諸国や東南アジアでは、マラリア、デング熱、黄熱病など蚊が媒介する感染症対策として、国際機関のプロジェクトを通じて、アフリカを中心に累計で数十億枚規模の蚊帳が配布されています。
日本では昭和後期、下水道の整備による蚊の減少、網戸の普及、そしてエアコンの登場により急速に姿を消しました。しかし近年、化学薬品を使わない自然な防虫法として、またアレルギー対策やエコロジーの観点から再評価されています。

古代エジプトから江戸の町まで——蚊帳の長い歴史
蚊帳の起源は驚くほど古く、古代エジプトまで遡ります。伝承によれば、あのクレオパトラ7世(紀元前69-30年)が細かい亜麻布製の蚊帳を使っていたと語られます。ナイル川流域は蚊の発生地でもあり、王族にとって蚊帳は必需品だったのでしょう。
その後、18世紀から19世紀にかけてヨーロッパ列強が熱帯地方へ進出する際、蚊帳は不可欠な装備となりました。特に1859年から1869年にかけて建設されたスエズ運河の工事では、作業員の健康を守るため大量の蚊帳が使用されたという記録が残っています。
日本への伝来と庶民への普及
日本には奈良時代から平安時代にかけて中国から伝わったと考えられています。当初は絹製の高級品で、貴族や上級武士など限られた階層のみが使用していました。
『枕草子』にも蚊帳とみられる帳の記述があり、平安貴族の夏の必需品だったことがうかがえます。
庶民に広く普及したのは江戸時代です。特に元禄年間(1688-1704年)には、近江商人の西川甚五郎が改良した「近江蚊帳(八幡蚊帳)」が江戸で大ヒットしました。それまでの茶色や白の蚊帳に対し、西川家は鮮やかな萌葱色(もえぎいろ、黄緑色)の麻網に紅色の縁取りを施したデザインで差別化。このブランド戦略は大成功を収め、「近江蚊帳」は江戸庶民の憧れとなったのです。
江戸時代後期の浮世絵師・岳亭春信(がくてい しゅんしん、1770年頃-1844年)とされる人物が描いた『蚊帳売り図』には、天秤棒で蚊帳を担いで売り歩く行商人の姿が描かれています。初夏になると「蚊帳〜、蚊帳〜」という掛け声とともに蚊帳売りが町を歩く光景は、江戸の夏の風物詩だったのです。

日本文化に根付いた蚊帳
蚊帳は単なる生活用品を超えて、日本の文化にも深く浸透しました。
俳句では夏の季語として定着しており、松尾芭蕉、与謝蕪村、正岡子規など多くの俳人が蚊帳を詠んでいます。「蚊帳吊るす 音のなつかし 夕間暮れ」など、蚊帳には日本の夏の情緒が込められているのです。
また「蚊帳の外」という慣用句は、仲間から除外されている状態を表します。みんなが蚊帳の中で涼しく眠っているのに、一人だけ外で蚊に刺されている—…
そんなイメージから生まれた表現です。
終わりに
便利さを追求する現代社会では、蚊帳のような「古い」ものは忘れ去られがちです。しかし、その裏には化学薬品への依存、エネルギー消費の増大、アレルギーの増加といった弊害も生まれています。
昔の人々の知恵が詰まった蚊帳。そのシンプルで自然に寄り添った暮らし方には、これからの時代を生きるヒントが隠されているのかもしれません。
最後までお付き合い下さり有難う御座います。
この記事があなたの明日のスパイスとなれば嬉しいです。
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文化を読み解こうとした時に流行した物や人々の生活を知る材料として、その時代の広告を見る事で世相を伺う事ができますよね、 昨今 昭和retroとして様々なジャンルで人気があるようですが、今回は琺瑯看板(ほうろうかんばん)を取り上げて見ようと思います。 私の幼少の頃は道沿いの民家の壁や街中の店先には、会社のロゴや宣伝文句を打ち出した 様々なホーロー看板が掲げてありました、 当時はと言うと建物の壁色も今みたいにカラフルなものは少なく景観とすれば木の材質のこげ茶色というのが街全体の眺望でした、そこにカラフルなホーロー看板を貼る事で殊更に目を惹く広告の意味を成したのです。
「超小型」に込められた大きな夢
1957年(昭和32年)、戦後復興の熱気がまだ冷めやらぬ日本の街角に、愛嬌たっぷりの小さな三輪車が颯爽と登場しました。その名も『ミゼット』──英語で「超小型のもの」を意味する言葉です。
鳥の嘴を思わせる丸みを帯びたノーズの下には、ちょこんと1輪のタイヤ。まん丸のヘッドライトは、まるで生き物のように街を見つめています。小さなボディから響く「ブルブル」というエンジン音は、どこか頼りなげでありながら、聞く者の心を和ませる不思議な魅力がありました。
ダイハツ工業が世に送り出したこの三輪トラックは、単なる商用車ではありませんでした。それは、高度経済成長期を支えた庶民の「夢を運ぶ相棒」だったのです。
オート三輪が時代を駆ける

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こんにちは‼️
retro flamingoへようこそ、
今回は 宮沢賢治のファンタジーの世界感を考察して見ようと思います。
私の子供の頃に国語の授業で「雨ニモマケズ/風ニモマケズ」
という詩を教わったのですが、当時はその内容を深く理解はできませんでした。
人の為に尽くしたいというのは分かるのですが、ストイックすぎる内容に不思議さを感じたのです。
しかしそのフレーズは忘れる事なく今も憶えています。
現代においても宮沢賢治作品のユニークな発想は時を超えてインパクトを与え続けているのです。
『雨ニモマケズ』
この詩が発表されたのは宮沢賢治の没後1年を記念した1934年9月21日付の「岩手日報」でした、
この有名な詩は没後に発見された遺作で、1931年秋に宮沢賢治の使用していた黒い手帳に鉛筆で記されており、冒頭部のページに「11.3.」と記されてあることから同年11月3日に執筆したと推定されています。
この手帳が発見されたのは、賢治が亡くなつた翌1934年2月16日東京・新宿で開催さた「宮沢賢治友の会」の席上で賢治の弟・宮沢清六が賢治の遺品である大きな革トランクを持参し、その中にあった手帳を参加者に回覧した際に見つけられたのでした。
このような経緯により見つけられたエピソードを見ると偶然というか導きのような素敵な感覚をおぼえます。
宮沢賢治は詩人・童話作家でその作品はファンタジーに溢れ読む側もイマジネーションが広がり現実を忘れるような夢の世界にいざなわれます。
そこには『イーハトーブ』という宮沢賢治の独特の造語により作られるオリジナルの理想郷があるからなのでしょう。
何より宮沢賢治にまつわるとても優しさに長けた人物像が語られ、鉱物愛好家で石を集め「石コ賢さん」という愛称でよばれ…
又 音楽好きで暇を見つけてはレコードを買い求める為、賢治の行きつけの楽器店はイギリスのポリドール・レコードから感謝状を贈られたといいます。
賢治の音楽好きはベートーベン・ドヴォルザークを好み、自らも楽曲を制作する程でした。
他にも沢山の逸話が残る 『宮沢賢治』
37年の生涯でこれだけのエピソードと名作の数々を残した功績には驚かされます。その行動に現れる好奇心と貪欲さには偉人たる人の凄みをかんじます。

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数多い中から作品をあげるとすると…
迷う所ですが…やはり 『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』でしょうか⁉︎

画像はイメージです
行き先の解らないストーリーのハラハラ感と読み終えて感じる独特の世界観は、
その物語に対する自分なりの解釈への模索が何かのヒントに繋がるかも知れません。
是非一度は読んでおきたい本です。
今回『宮沢賢治のイーハトーブ』
如何でしたでしょうか⁉️
楽しんで頂けたら嬉しいです、
この記事があなたの明日のスパイスとなれば幸いです。
retro flamingoでした。


昨今…日本のランドマーク …と言うと多数の観光名所の中から色々と浮かぶものがありますけれど…
今やランドマークタワーと言えばスカイツリーが一番に上がる存在となりました。
あんなにも高い建物が着々と積み上がる光景は壮観と言う他ありません。
その建築技術の高さには脱帽させられるばかりです。
私は 高所恐怖症でして… 高所で作業をされる鳶職の職人さんの使命感と気概には感動し尊敬してやみません。
日本の文化における近代化の歴史に貢献しているのですから尊いですよね〜。
それで今回のテーマではあえてスカイツリーをさしおいて、昭和時代の人々の集大成であり、日本の活力の証とも言える『東京tower』にフォーカスして深堀りしていきたいと思います。
日本の高度経済成長期(昭和33年〜)から半世紀以上に渡り東京の観光名所として君臨し 、建設された当時はパリのエッフェル塔の高さを超えるとされ、世界一の電波塔として戦後復興の日本の象徴として数多くの映画や小説の舞台となってきた、「東京タワー」。
そう…戦後の昭和時代…
『明日は今日より良くなる 前向きに生きる事ができる』と、多くの人々が思えた時代でした。
そのような時代背景と国民一人一人の心が一つとなり、懸命に世相を構築した人々の誠実さが垣間見れる日本のシンボル的存在です。
東京tower建設の経緯
電波の充実を図る為には鉄塔の増設デシタが、鉄塔の乱立は都市景観をそこなということから電波塔を一本化する総合電波塔を建設することになったのです。
その構想はパリのエッフェル塔を超える世界最大の塔を造り、そこに展望台を設けて集客すれば、建設費は10年で元が取れると言うものでした。
構想・設計・建設と各方面の重鎮による計画された仕事は時代の集大成を形にする壮大なプロジェクトでした。
着工から1年3ヶ月後(543日間)が経過した1958年12月23日。
延べ人員219,335人の職人を投与して完成した鉄塔本体の最上部には建設に携わった96人の技術屋の名前が刻まれた金属製の銘板が据えられています。総工費は当時の金額で30億円でした。

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『東京タワー』
その名称は公募によって決定されました。
その応募数は86,269通も寄せられました。
その中で 一番多かった名称は「昭和塔」(1,832通)
続いて「日本塔」 そして「平和塔」でした。
他にも沢山の応募名称がありましたが…
名称審査会に参加した、徳川夢声(とくがわ むせい・日本の弁士、漫談家、作家、俳優)が、
「ピタリと表しているのは『東京タワー』を置いて他にありません」と推挙し…
その結果1958年10月9日に『東京タワー』に決定したのです。
当時の日本国民の経済成長期のバイタリティーは凄みかありました。その建立に人々は耳目を集めたものでしょう。
歌謡曲・小説・映画などに取り上げられ今尚人気は不動のものとして存在意義を呈しています。
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東京タワー…
その建設の歴史背景から、今に伝えるものは、日本人の皆がなんのためらいもなく希望と夢を心に日々を駆けていた…そんな時代の記憶…
ノスタルジーを称える大切なモニュメントなのです。
終わり。
最期までお付き合い頂きありがとました。
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こんにちは‼
retro- flamingoへようこそ、
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こんにちは‼
retro flamingoへようこそ‼
今年も各地で夏祭り 賑わっていますね〜
もう行かれましたか⁉
因みに夏祭りで連想される物って何を思い浮かべますでしょうか、金魚すくい・綿菓子・ヨーヨー・焼きりんご・浴衣…
他にもそれぞれの方に思い入れのある物があるのではないでしょうか⁉
その中で今回ピックアップするのは、
Continue reading “提灯の誘い”